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     VOL.102/ 2 0 1 3.9 .30 (MON) 発行

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県内の東アジア進出企業の現状と課題

 4月1日に福井県立大学に赴任して早半年が過ぎようとしている。現在、
福井県の代表的な製造企業を対象に「東アジア進出企業の経営革新と人材
育成の仕組み」を具体的に調べている。個別企業の実情にまで未だ迫るこ
とができていないが、追い追い報告することとして、今回は2008年9月の
リーマン・ショック以前の仕組みを克明に調べた調査(福井県立大学編著
『東アジアと地域経済』京都大学出版会、2009年 所収)を手掛かりに県
内の進出企業が直面している問題の一角を中心に紹介したいと思う。
 この調査報告書は日本からの東アジア、特に中国へ進出した企業5社の
経営実態調査であり、調査研究期間は2008年4〜8月である。この5社はそ
れぞれ、A社:繊維(紡績・織物・化学繊維)、B社:繊維(衣服・繊維製
品)、C社:繊維(紡績・織物・化学繊維)、D社:電気・電子部品、E社
:眼鏡である。いずれも本社が福井県内に立地している製造企業であり、
1990年代以降に中国に拠点(生産拠点・以下同様)が設立された。進出に
至る背景には、いろいろな理由があろうが、第一の理由は、中国や韓国等
の海外企業との価格競争にさらされたことである。第二の理由は、「取引
企業の海外進出」、「取引企業からの誘い」があったということである。
 以下、詳しい紹介はできないが、この報告書を読んで、私が注目した点
について、その要点をできるだけ簡潔に報告しておきたい。
 第一に注目すべきは、部材の現地調達の内実である。いずれの調査対象
企業も、部材の主たる仕入先が日本もしくは現地日系企業となっており、
現地企業からの部材の調達は行っていなかった。例えば電気・電子部品で
あるD社の場合、「光ピックアップ(電子部品)の部品の生産のためには
高度な技術が必要なので、中国では調達できない」。だから「日本国内で
生産した部品を、中国で組み立てている」という。また、ある繊維企業A
社でも「繊維はナイーブで、原糸が変わると、同じ織物、編物でも、極端
な場合には、同じ染め方でも、同じ色が出ない場合があり、(中国で日本
と)同じシートを作る場合には(日本と)同じ糸を同じ条件で染色し、再
現している」という。確かに現地企業から調達する部材は低価格という点
で魅力があるが、品質に問題があり、調達に踏み切るのは大変なようであ
る。しかし、現地企業や他国のメーカーとの価格競争で勝ち抜くためには
部材のコストを下げなくてはならない。とりわけ生産コストの低減を求め
て進出した企業では、この点の改革が急がれる。県内の進出企業を訪問し
ているのでわかるのだが、近年、日本を始め、欧米企業が多く中国に進出
して産業集積ができており、日本と遜色のないレベルの現地部材も増えて
いる。コストダウンには様々なやり方があるが、現地企業の部材の購入を
増加することも、調査対象企業にとって重要な方策の一つであると考えら
れる。
 注目すべき第二点目は人材育成である。いずれの調査対象企業も、労働
力、とりわけ現場監督者層、経営者層の確保・育成が難しいという問題に
直面していた。この国の現地従業員の定着率の低さが、労働力の確保・育
成の難しさの原因となっている。この問題を解決するために、個別企業ご
とに様々な対応がなされているが、その中で最も注目されているのが歩合
給等の報酬制度と、研修員制度である。調査対象企業の中では繊維企業の
B社が実際にこれらの仕組みを導入した。同社は「インセンティブとして
研修員制度を活用し、優秀な従業員は日本で3年間研修をさせるというこ
とでモチベーションを高めている。」「日本での研修修了者には検査業務
などを担当させる」という。また「固定給を低く抑え、歩合給を取り入れ
ることにより現地従業員の技術向上を図っている。技術の高い人と低い人
では、給料の差は軽く2倍を超す」という。
 しかし、こうした仕組みの導入をもってしても、労働力の確保・育成は
なお困難である。上記繊維企業B社は実際に次のような経験をした。「日
本語を身につけ、品質管理を学んだ従業員は他の企業からも誘われる魅力
的な人材であり、帰国後転職されることが多いのも悩みの種である」と。
実際にも「離職率は年間20%位で設立当初から(設立年の1996年から調査
年の2008年までの約13年間を通じて)ほぼ一定である」という。
 以上の説明で県内企業が中国進出にあたって直面する課題の一端がみえ
てきた。
 しかし、これらの課題は福井の中小企業の持つ特殊課題なのか、それと
も現下の日本進出企業が共通に抱える普遍的課題なのか。福井以外の日系
進出企業の動向が気になり若干の文献収集を行ったが、どの企業も大概、
福井と同じような課題に直面していた。したがって上述の課題は福井特有
の課題ではなく、アジア進出とくに中国に進出しているいずれの企業もが
かかえる課題だと思われる。
 最後に、今後、どのような調査研究を行う必要があるのか。この点で、
まず明らかにしなくてはならないのは、上にみた部材の現地調達、報酬制
度等の仕組みの実態である。調査にあたっては単に現地従業員各人の能力
の向上に応じて報酬を与える仕組みの内実を明らかにするというだけでな
く、現地マネジャー層の育成と、それに伴う少なめの日本人駐在員の要員
配置、厳しい品質管理のための施策、そして何よりも人材育成を下支えす
る仕組みとして現地従業員の定着問題をどのように解決しようとしている
かに注意を払わなくてはならない。今後も地道な調査研究を真摯に継続し
ていきたい。


                                (地域経済研究所 講師 齋藤 毅)



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