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     VOL.105/ 2 0 1 3.12 .27 (FRI) 発行

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宅配サービスの萌芽 カンボジアにて

 昨年の秋、出張で訪れていたプノンペンの川沿いの安宿で週末を迎えた。
バイクを借りて郊外ドライブをしたり、市内散策を繰り返したものの、日
曜日の1日をどう過ごそうかと私は思案していた。急に思いついて、日帰り
でコッコンに行くことにした。コッコンはプノンペンから西へ270kmの沿海
部に位置し、タイと国境を接する町だ。1991年9月、大学4年生だった私は
停戦合意の直前のカンボジアに入国したのもこのコッコンであった。当時
は貧乏旅行だからタイのバンコクからパタヤ、チャンタブリー、トラート
を陸路で移動して、あとは徒歩でカンボジア領内に入国した。バンコクの
友人の友人が先日国境警備隊海軍将校秘書を退役したばかりというので、
その人と一緒に旅したのである。国境の警戒区域も彼の顔パスで通過でき
た。私はパスポートを持っていたがスタンプなども押されず、結果的には
密入国だった。
 カンボジア領内の入国場所はジャングルの中の掘立小屋でタイの軍服を
着た兵士が警備にあたっている。ポルポトの敗走兵や難民も流れてくる上、
ジャングルのなかは地雷原でもある。将校秘書に従って海辺の砂浜を波打
ち際ぎりぎりを歩きながらコッコンを目指し、途中から漁民の船をチャー
ターして河をさかのぼり、当時は密輸の一大集積地だったコッコンの町に
たどり着いたのである。20年前にまだアジアとかかわりはじめたばかりの
私がはじめて見たカンボジアがコッコンなのである。ずいぶんと功名心か
ら無謀な行動をとったものだと、後になって恐ろしくなったり、恥ずかし
く思ったりと、とにかく私の初カンボジアは嫌悪体験に近い記憶でありつ
づけた。それでも20年もたってそろそろ時効だろうとも思い、車を借りて
このコッコンの町に行ってみることにしたのである。
 ホテルでタクシーを手配すると、ラタナさんという50代前半の男性運転
手が10年落ちのカムリに乗ってやってきた。本コラムではコッコンの状況
というより、このラタナさんとの1日について簡単に紹介したい。
 プノンペンから国道4号線を1時間ほど走っただろうか。沿道で近所のお
ばさんが茎付きの蓮の実を売っていた。実といってもまだ青い種房をその
まま売っているのである。ラタナさんは突然車を停め、籠に山盛りの蓮の
実を30本位買った。「これ好きなの?こんなに?」と聞くと、ラタナさん
は「へへ」と照れ笑いをした。
 4時間ほどしてコッコンの町に着き、大きな十字路で停車した。ラタナさ
んは携帯を取り出し誰かに電話をかけた。ほどなくしてバイクに乗ったお
ばさんが満面の笑みを浮かべて私たちの方に近づいてきた。車から降りた
ラタナさんはさっきの大量の蓮の実をトランクから取り出し、おばさんに
渡した。「なんだ、親戚のおばさんへのお土産だったのか」と思ったが、
おばさんは代金をラタナさんに払っている。「え?友達?」と聞くと「ノ
ー」と言う。状況がよくわからなかったが特段気に留めなかった。
 コッコンで食事をして、帰途に着く前に給油所に寄った。給油所の兄さ
んたちが50センチ四方の発砲スチロールの箱を2つとキヤノンの中古プリ
ンターとノートパソコンをラタナさんの車内に積みこんできた。どうやら
ラタナさんとも話がついているようで、ラタナさんの奥さんや妹などへの
土産なのかと思った。
 帰路、2時間くらい走ったところでガソリンスタンドに入った。プノンペ
ンまでの道程の半分くらいの場所である。「えっ、また給油?」と思ったら、
さっきの発泡スチロールの箱を取り出し、スタンドで待っていた気のよさ
そうな若者に渡した。若者はその場でその箱を開けた。中には氷詰めされ
た魚介類で一杯だった。ラタナさんはまた代金を受け取り、私が「友達?」
と聞くと「ノー」と言った。車は再び走り出したがプノンペンまであと1時
間というところで再び沿道に停車した。そこにはバイクにまたがった子供
連れ夫婦がニコニコして待っていた。もうひとつの発泡スチロールの箱(
中身は魚だった)を渡し、ラタナさんは代金を受け取った。やはり友達で
はないという。プノンペンまであと30分くらいかという国道沿いの電気店
の前で停車し、ノートパソコンとプリンターを店主に引き渡し、代金を受
け取った。
 物流が未発達の途上国では、個人と個人を結ぶようなきめの細かい宅配
便サービスは整備されていない。小口配送がないから通販やお取り寄せ消
費もない。コッコンはマングローブの群生が有名だからきっと汽水なのだ
ろう。蓮が生育しないから愛好者がプノンペンから取り寄せたに違いない。
また、海から車で2-3時間も離れた内陸部の町では市場に行っても新鮮な海
産物は売っていない。海辺のコッコンからそれこそクール宅急便のような
配送の需要が大きいのである。
 内需型外資系企業が進出しようにもカンボジア人の購買力は大きくない。
当面、小売業が出店する場合、プノンペンなどの大都市に限られるだろう。
一方、インターネットの普及で場所を問わず物欲は旺盛だ。プノンペンま
で買いに行くのは難儀だから取り寄せたいというのが心情だろう。情報化
社会の進展で、予想を超えた商品購買需要が遠隔地にも生じている。だか
らこそ、宅配網整備は消費をくまなく掘り起こすための基幹インフラにな
る。しかし、カンボジア主要都市間の小口配送の整備は未だ先のことだ。
しばらくラタナさんのような小遣い稼ぎは続くに違いない。しかし、ラタ
ナさんは悪気なくやっているけど、今回の輸送費は結局のところ乗客であ
る私が全額負担している。やや理不尽なビジネスモデルである。
 

                      (地域経済研究所 准教授 池部 亮)


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