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 VOL.1 4 / 2 0 0 6. 5 .3 0 (T U E) 発行

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■特集 ワンセグの落とし穴

 ワンセグという用語をご存知であろうか。地上波デジタル放送の6メガ
ヘルツ帯域は13のセグメントに分割され、うち12セグメントがテレビ向
けに配信される。残りの1セグメントを利用して携帯電話・クルマのナビ
など移動体端末向けに放送することを、一般にワンセグと呼んでいる。
 本年4月から、このワンセグによる放送が始まった。携帯やクルマのナ
ビなど移動体端末から、利用者は高画質のデジタル放送を視聴することが
できるようになった。テレビの視聴は、もはや空間や時間を問わなくなっ
たのである。こうしたワンセグ放送を可能にしたのがデジタル技術の進展
と携帯端末の普及・多機能化であることはいうまでもない。
 では、ワンセグは、われわれに何をもたらすのか。一般に、広告業界や
マスメディアは、新しいビジネスモデルにバラ色の絵を描きがちである。
ワンセグも例外でないようである。 
 日本における携帯電話の契約数は、すでに9千万件を超えている。携帯
電話の買換サイクルは、およそ2年間とされている。ワンセグ対応携帯電
話の登場は、買換サイクルを短縮し、この買換需要を刺激すると期待され
ている。これまでテレビをみる機会の少なかった視聴者が新たに創出され
るという。同時にテレビの視聴時間が大幅に増え、これに伴い広告収入、
番組関連グッズなど新たなビジネス機会が生まれるともいわれる。
 こうした見方は間違ってはいない。博報堂の調べによると、調査対象者
の9割が実際の視聴を希望している。また、現在の地上波デジタル放送に
加え、2008年以降はワンセグ向独自のデータ放送サービスが始まる。これ
により、放送と通信の融合化が一気に加速するかもしれない。こうした動
向に着目すると、携帯買換需要、モバイルコンテンツ、広告市場の地殻変
動に期待と関心が高まるのも無理はない。
 しかし、日本では、こうしたハード面の整備とは裏腹に、ソフトの欠如
が常に問題視されてきた。それは、コンテンツの貧困、もしくはクリエー
ターの創造環境の窮乏と言い換えてよい。デジタル・クリエーターで満足
な暮らしをしているのは、ごく一部に過ぎない。シナリオライターの多く
は、本職で生計を立てないでいる。アニメ作家も、俳優も、映画監督も、
限られた例外を除き、大多数は困窮した創作環境のなかで、作品を生み出
す。
 概して、アーティストやクリエーターは、ごく一部を除き、きわめて低
収入なのである。しかも、芸術性の高い映像コンテンツを彼らが作れば作
るほど、収支は赤字となる傾向にある。これは、著作物供給事業の特質と
呼ばれる。芸術性の高い領域ほど個々人の感性や芸術的情熱に依存し技術
進歩が期待しにくいばかりか生産性も低いので、自由競争の下では投資さ
れにくい。このことは、かつてアメリカの経済学者、W.J.ボウモル=
W.G.ボウエンが『舞台芸術・芸術と経済のジレンマ』という古典的名
著のなかで指摘したとおりで、日本において現在もこの状況に際立った変
化はない。そして、彼らの活動をコーディネートし、側面から支えるアー
ト系非営利組織も日本ではまだ少ない。
 他方、映像コンテンツは、音声とは比べものにならないほど知的所有権
などの権利処理が複雑である。クリエーターらは紛争を恐れて、こうした
法的問題を回避しやすい。これが回避されれば回避されるほど、他者の創
造的成果が取り込まれず、結果として作品は魅力に欠けるものになりがち
である。
 コンテンツ抜きに、デジタル放送や放送と通信の融合は成り立たない。
にもかかわらず、これまでクリエーターのインセンティブや知的財産権保
護についてどれほど日本で真剣に議論されてきたであろうか。
 最近の政府の「放送と通信の融合化」論議は、NHKとNTTの再編に傾斜し
てきているようであるが、クリエーターの創造環境や知的財産権保護につ
いて、明確な改善策が見出されなければ、鳴り物入りのワンセグも宝の持
ち腐れに終わる危険性が高い。

                               (大学院経済経営学研究科・山崎茂雄)


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