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     VOL.65/ 2 0 1 0.8 .31 (TUE) 発行

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景観は高齢社会のまちづくりキーワード

 永平寺町の景観計画策定の際に景観フィールド調査を手伝ってくれた本
学経済学部卒業生が久しぶりに研究室にふらっとやってきた。福井県警に
就職し6ヶ月の研修を終えいま現場の交番に立っているという。松岡出身
の彼は「景観調査で始めて町内を隈なく歩き、いろいろ再発見があり勉強
になった。大学の授業では座学でいろいろ学んだが、このフィールド調査
の経験は警官職に就いてからも大いに役立っている」と。ケイカン調査を
やってケイカンになったのだからまちづくり研究者としては本望だ。その
訳をなぞかけでみよう。「 景観とかけてなんと解く? 」「 警官と解く」
「その心は?」「景観(警官)がしっかりしていると、住民は安心して心
地よく町歩きができる。」
 
  景観とは?
 さて景観とは「人間をとりまく環境のながめ」と定義されるが、それは
単なるながめではなく、ながめの主体(人)の美意識や感性等の主観的要
素が関係する心的現象である。つまり同じ景観をみても安らぎを覚え快適
に感じる人もいれば、必ずしもそうでない人もいる。町の歴史的価値や景
観の美しさよりも機能性、効率性を優先する向きも少なくない。こうした
景観の主観性もあってか日本では景観は国が定める法律対象に馴染まない
と考えられてきた。
 しかし、二十一世紀に入り「美しく風格のある風土」「潤いと豊かな生
活環境」をキーワードに景観を正面から捉えた景観法が04年6月全会一
致で国会を通過した。とはいえそれは突然降って湧いたものではない。そ
れまでに500近くの自治体(市町村の15%)ではすでに独自の景観条
例を定めて苦労しながら景観行政を進めていたことがその背景のひとつだ。

「景観利益」を認めた景観訴訟
 このほか「景観利益」をめぐる近年の景観訴訟を通じて司法から示され
た一定の見解があると考えられる。全国的に注目を集めた東京・国立市の
高層マンション訴訟に対する東京地裁判決(02年12月)では「景観利
益」を認定し建築高層部分の撤去を認めたが、高裁はその逆の判断を示し
た(04年10月)。その後最高裁は上告を棄却したものの「良好な景観
の恩恵を受ける利益は法的保護に値する」として「景観利益」については
認める判断を示した(06年3月)。
 いまひとつは初めての事前差し止めを求めた鞆ノ浦の景観訴訟。広島地
裁の判決(09年10月)は「景勝地鞆ノ浦の埋め立て架橋事業に対し文
化的、歴史的景観は住民だけでなく国民の財産というべき公益で、事業で
重大な損害の恐れがある」「必要性や公共性の根拠となっている点につい
て調査や検討が不十分か、一定の必要性や公共性があったとしてもそれだ
けでは埋め立てを肯定する合理性を欠く。」として埋立て免許交付を差し
止めるとした(その後広島県は控訴)。これは事前の段階で差し止めを許
容し「景観利益」を認める画期的判決といわれる。
 このように景観は一人ひとりの主観との関わりにおいて成立するが、そ
れを享受する地域社会(コミュニティ)として評価がまとまる(共有する)
ときその景観価値は客観性を有するということができる。
 
  景観は現在・将来における国民共有の資産
 景観法では基本理念において景観は地域固有の自然、歴史・文化を背景
に人々の生活、農林業や商工業の営為等の上に積み重ねられた結果として
存在し、良好な景観は現在及び将来における国民共有の資産であると規定
している。こうした認識からして景観を構成する個々の要素は、私有財で
あっても総体としての環境的ながめとしての景観は公共財という性質を有
するといえる。つまり景観は「わがまち・むら」を「愛でる」住民の心に
よって育まれ景観をキーワードとするまちづくりに展開する可能性を示唆
する。コミュニティにおけるそうしたまちづくりの努力が積み重ねられる
ことにより景観価値が形成されていくものと考えられる。

 生活景と高齢者の暮らし
 景観資源というと福井県を代表する大本山永平寺、明通寺などの歴史的
名刹や東尋坊、蘇洞門などの自然環境を想像するが、それだけをいうので
はない。景観は観光来訪者だけではなく定住者の日常生活における眺め(生
活景)を通じて、安らぎ・潤い、心の癒しが得られる。それぞれの地域に
は山、川、田園、集落等が融合した個性的な里地・里山景観がふんだんに
みられる。これらが実は、生活のアメニティ(快適性)に関係している。
とくに緑や川は癒しの働きは大きい。人口減少社会を迎えるなか高齢者が
住み慣れた地域で孤立することなく住民同士の接触や交流、趣味、生きが
いをもってその人らしい生活を送れるようにすることが社会の喫緊の課題
である。高齢者が暮らしやすい社会は若い人にとっても快適で楽しい町で
あるといえよう。山や川、町並み、家並み、田園等それまでに馴れ親しん
できた生活環境や景観に取り巻かれて暮らしを送ることは高齢者の健康な
イキイキ生活の視点からみてもきわめて意義が大きい。すなわち高齢者が
散歩したくなるような景観のよい、安全・快適なバリアフリーの歩道(散
歩道)が近くにあれば、外出機会がふえ二足歩行で筋力低下の防止、脳の
代謝と循環が活発化し、認知症の予防効果が期待できる。また戸外で遊ぶ
こどもにとって見守り機能になり、冒頭に述べた景観は警官の代替機能(安
心機能)になる。自然、歴史文化等の景観要素はいわばふるさと資源とい
える。景観は環境・福祉・教育と連携・関係づけて活用すべき大切なまち
づくりキーワードといえよう。

                 地域経済研究所長  北條 蓮英 




                     





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