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     VOL.87/ 2 0 1 2.6 .29 (FRI) 発行

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チャイナ・プラス・ワン再考

 「チャイナ・プラス・ワン」として注目を集めたベトナムだが、中国か
らベトナムへと向かう産業再編の潮流は結局のところ起こることなく終わ
った。このチャイナ・プラス・ワンという言葉は、含意として「益々高ま
るチャイナ・リスク」、「移転・分散の必要性」、「脱中国」、「ベトナ
ム桃源郷」といった事柄がイメージされる。しかし、移転先候補となるベ
トナムやバングラデッシュやカンボジアなどに潜在するさまざまなリスク
も決して小さくない。むしろ中国に内在するリスクのほとんどをこれらの
国々の投資環境は内包している。しかし、メディアはそのリスクを過小評
価し、ことさらチャイナ・リスクばかりを喧伝している。もちろん、有事
の際の経済的損失が大きいからこそ同じリスクであっても受け止め方が違
ってくるのは当然である。それにしても、日本の経済界は相当バイアスの
かかった情報をもとにカントリー・リスクを判別している可能性があり、
こうした論調が続くと企業行動をミスリードすることにもなりかねない。
 ここで言われるチャイナ・リスクというのは、人民元の切り上げ、朝礼
暮改な制度変更、対日感情、体制変化による揺り戻しなどがそうであろう
か。いずれもリスクといえばリスクであるが、今の中国事業環境において、
対日感情面での懸念を除けば、中国固有のリスクはそれほど多くはない。
 確かに華南地域から部品メーカーがベトナム北部へ進出したり、縫製産
業や靴製造といった労働集約的な産業がベトナムをはじめカンボジアやバ
ングラデッシュなどに移転していった。しかし、これら企業は中国リスク
を嫌気して出て行ったのであろうか。主にはセットメーカーの暗黙の要請
や圧力であったり、人件費の上昇でコストが合わなくなったことが移転
(分散)の理由であろう。
 中国広東省の珠江デルタ(輸出産業の世界的集積地)の事業環境は日に
日に厳しさを増し、生産工程の一部を移転する企業があるのも事実である。
一方、この重層的なサプライチェーンを形成する珠江デルタから出ていく
こと自体がリスクと考える企業も多い。このため、低付加価値の生産工程
をせいぜい車で5時間以内の内陸部へ移転(外延化)するというのが大方
の対処法となっている。企業は10数年来の珠江デルタでの事業経験を通じ
て培った経営ノウハウや人材を活かし、営業拠点や経営企画、設計部門を
珠江デルタに残す。そして労働集約的な生産工程だけ遠隔地に移転すると
いった、いわばサテライト工場を建設する方向にある。物流や移動を考慮
すれば広東省の遠隔地か、湖南省、江西省、広西チワン族自治区など隣接
する地域に限定されよう。まして言葉も異なる外国への移転は最終的な選
択肢となる。
 華南の日本企業が移転なり分散を考える際、労働力、土地、物流利便性
の3条件が重要となる。しかし、この3条件いずれもが華南に匹敵するか、
もしくは上回る代替地は世界中どこを探してもみつからない。結局、華南
が成し遂げた対内投資の集積現象の背景には、急成長する中国経済、農村
と都市との所得格差、決済機能としての香港の存在など、複数の好条件が
重なっており、そのような条件を満たす地は華南のほかに見当たらないの
である。
 このように、チャイナ・プラス・ワンという言葉はチャイナ・リスクの
高まりを意識させ、候補地としてのベトナムに関心が集まるといった効果
をもたらした。一方で、実体経済面で中国拠点の外国への分散なりシフト
という事象は潮流になることなく収束し、現在の珠江デルタの輸出加工型
企業の本音を敢えて言えば、「やれるところまでここで存続していく」と
いう状態が続いているのである。

                (地域経済研究所 准教授 池部亮)




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