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     VOL.89/ 2 0 1 2.8 .31 (FRI) 発行

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 若狭めのう細工

 古くから、大陸との交易の場として栄えた福井県小浜地方には、大陸文
化の往来の中で育まれ、今に伝える伝統工芸も数多い。その一つが"若狭
めのう細工"である。水晶、オパールなどがいくつも重なりあい、幾層もの
紋様を描く「めのう」の原石を独特の技法で彫刻する"若狭めのう細工"は、
長い歴史を経てこの地だけに生きづいた技でもある。
 ところで、こうした"若狭めのう細工"は、いったい何時頃から当地に根
付いたのであろう。一説には、奈良時代、大陸からの渡来人がこの地に住
みつき、当地の原石を使って玉造りを始めたのが起源とされている。しか
し、現在に伝わる技法が確立したのは江戸時代(享保年間)に入ってのこ
とであろう。当時、この地には数十件の玉造業者がいたといわれているが、
その一人、遠敷の高山喜平は、原石を加熱することでより優美な色が浮き
出ることを発見、独創的な火窯を考案するなどして現在の基礎となる焼き
入れ技法を開発することに成功した。こうして"若狭めのう細工"は、徐々
に職人も増加し当地に深く根を下ろしていった。しかし、この時代の作品
は、まだ数珠、根掛(紙の根もとを括る)、櫛などの実用品が主流をなし
ていた。明治になると、中川清助の手により美術的な工芸品の彫刻法が完
成され、以後、仏像、動物、鳥、魚等の置物類や、装身具などが製作され
るようになった。やがて昭和に入り、"若狭めのう細工"は最盛期を迎える。
この頃には、置物としての"若狭めのう細工"が米国、英国などにも輸出さ
れたという。しかし、終戦後、これまで産地に持ち込まれていた原石が枯
渇しはじめると、原石不足による仕事薄から離職者が相次ぎ、産地は衰退
の途をたどっていく。
 1952年(昭和27年)、産地では"若狭めのう細工"の復興を目指して、
「若狭めのう商工業協同組合」を設立し、産地立て直しを図った。組合で
は、原石の共同仕入やめのう会館での共同販売を行い、一時期、成果がみ
られたものの、従業者の減少に加えて需要の変化には到底対応しきれず、
衰退の流れを食い止めるまでには至らなかった。ちなみに、現在では、設
立された組合も解散し、従事する職人は、たったの2名にまで減少している。
さらに、後継者も育たない現状では、技術、技法の伝承はもとより、産地
の存続すら危ぶまれるのが現実といえよう。
 このように、"若狭めのう細工"は、当地のみに生きづいた産業ではある
が、もはや伝統的工芸品産業としての体をなくしており、その要因として
以下の理由が挙げられよう。
 第一に、前述した原石調達の問題がある。北海道産の原石が枯渇するに
つれ、産地では、1950年の半ばより商工組合を通じてブラジル産を求め、
これにより供給体制は整ったものの、ブラジル産は国産の原石に比べ色、
風合いが劣るほか、量感に乏しく、置物類など匠の技を十分に活かした値
嵩品が製作し難いといったことが挙げられる。
 また、おおよその伝統的工芸品産業に共通する悩みだが、めのう細工は
手作りだけに、石の持ち味を十分引き出すための技術・技法の習得が難し
く、これには長年に及ぶ厳しい修行を要することから、後継者が育ちにく
いといったことも挙げられよう。
 しかし、最大の問題は、めのう細工そのものの需要が伸び悩んでいるこ
とである。現在まで、高度な加工技術を要する高級置物類の製作は受注生
産に任せてきたが、こうした高級品の売れ行きが特に鈍化している実態が
ある。人々のライフスタイルが変化するにつれ、利便性や合理性を追求す
る人々が増えている半面、こうした値の張る品を置物としてのみ購入する
ことに抵抗を感じる層が増えているためであろうか。また、一方では、台
湾、ブラジル、インドなどの輸入品、甲府の水晶、東京の硝子細工などの
代替品に押されてしまった現実も否めない。
 こうした中で産地では、比較的手ごろな価格で販売できるブローチ、指
輪、イアリング、ネックレスなど装飾品の製作に注力し、小浜市内にある
若狭めのう会館などを通じて若狭地方を訪れる観光客向けの需要に頼って
いるのが実情である。また、技術・技法の伝承策としては、子供たちへの
体験学習によりアピールしているが、後継者育成までには繋がっていない。
 1976年、"若狭めのう細工"は通産省(経済産業省)から伝統的工芸品産
業の指定を受けた。しかし、産地の実情は、需要の変化、職人の減少と高
齢化、後継者不足の中で、今、まさに若狭地方から消滅しようとしている。

                 (地域経済研究所 教授 南保 勝)


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