========地域経済研究所 eメールマガジン=========

     VOL.95/ 2 0 1 3.2 .28 (THU) 発行

=================================

産地再生に向け再スタートを切る越前漆器

 福井県鯖江市の河和田地区で生産される越前漆器は河和田塗とも呼ばれ、
古くから人々の生活用品として全国各地で親しまれてきた。しかし、この
越前漆器がいつ生成したかは定かではない。一説によれば、西暦527年、
当時、男大迹(おおとの)皇子(おうじ)と呼ばれていた後の継体天皇が黒漆
のうるわしい光沢にいたく感動され、河和田に漆器づくりを奨励されたの
がはじまりとされる。
 江戸時代の嘉永年間(1848年〜1854年)になると、京都から純流という
蒔絵師が河和田を訪れ、初めて蒔絵の技術が導入された。これを機に美術
品が生産されるようになり、その後の越前漆器の発展に大きな影響を及ぼ
した。また、この時期、輪島から沈金の技術も伝わり、越前漆器の優雅さ
と美しさに、いっそうの磨きをかける要因にもなった。他地域への本格的
な製品移出や漆かきが長野や関東方面にまで出かけるようになったのはこ
の頃からである。
 明治に入ると、これまで挽物(丸物)素地しかつくられなかった産地で
初めて角物素地が製造されるようになり、製品群も膳、菓子器、重箱、角
盆などが考案され、蒔絵や沈金の技術も大いに向上し斬新な加飾法として
応用されるようになった。これを契機に、越前漆器が旅館や飲食店への販
路も拡大し、全国で屈指の漆器産地として発展することになる。1906年
(明治39年)には、徒弟養成所に木地工科が増設され、石油発動機による
木地の制作がはじめられるなど、大正末期には電化も進んだ。新技術や機
械の導入は、にわか業者や徒弟の増加を招く結果となったが、半面、河和
田産地にふさわしい活況をみせるようになるのもこの時期からである。昭
和時代になると、1950年代のプラスチック素地導入に伴い、従来の手工業
型の木製漆器から機械量産型の合成漆器へとシフトし、業務用漆器の販路
拡大がなされた。
 このように、1500年あまりの歴史を有し、優雅、堅牢さにおいて高い評
価を得た越前漆器は、1975年(昭和50年)に通産省(現、経済産業省)か
ら伝統的工芸品の指定を受けた。また、1980年(昭和55年)には越前漆器
会館(鯖江市越前漆器伝統産業館)も完成し、後継者の育成、技術技法の
伝承、資料の収集保管、製品展示など業界の指導的センターとしての役割
を担っているほか、毎年5月には「うるしの里まつり」、9月には「越前漆
器展覧会」を開催するなど、様々な機会をとらえて需要開拓に努めている。
 しかし、現在の産地の状況をみると、長引く国内需要の停滞に加えて、
他産地との競合、海外からの低廉な商品の導入などから、産地を取り巻く
環境は厳しさを増している。ちなみに、産地の生産額をみると、2005年
(平成7年)の120億円から2010年(平成22年)には50億円まで落ち込むなど、
厳しい環境にあることは否めない。
 こうした中で、2002 (平成14年)年度には、越前漆器協同組合を中心に経
営意識の改革を全面に打ち出した「越前漆器産業ビジョン2003」が策定さ
れ、このビジョンに基づき、木製漆器、樹脂製漆器ともに、下地から加飾
までの様々な工程が確立されている全国的にも稀な産地として、その特色
を最大限に生かした活性化策に取り組んでいる。
 ただ、産地の今後を考えると、確かに産地は、古来の伝統技法による手
工業的な木製漆器と、新しい機械量産型の合成漆器に二極分化し、どちら
かと言えば、今日まで業務用の分野で高いシェアを誇ってきた。しかし、
こうした方向性は、一般消費者には産地がなかなか見えにくいといった一
面も否めない。越前漆器には技術的に優れたものが多くあり、また手ごろ
な価格で求められるものも数多い。むしろ、その商品の多さで他の産地を
圧倒しているとさえ思える。とすれば、業務用は別にして、一般消費者を
対象とした販売戦略がいま以上に必要でなかろうか。こうした観点から、
2000年(平成12年)には、職人グループ "軒下工房"と、問屋を中心とした
漆器直販グループ"漆のれん会"が立ち上がり、製、販それぞれの分野で消
費者に見せるモノづくり、直結した販売がなされるようになった。これま
で、産地では複雑な分業構造の中で、生産者は消費者にモノを売れず、ま
た産地問屋も流通の中でモノを売っているだけに過ぎなかった。つまり、
そこでは消費者不在のモノづくり、販売がなされていたのである。製・販
それぞれからなるこれらグループでは、こうした現実に気づき始めた若手
経営者を中心に、様々な試みがなされている。今や、既存の流通網を使う
だけでは、モノは売れない。日々変化する消費者意識にフレキシブルな対
応を図りながらモノづくりを行う。そのために、生産者は、消費者に直接
アクセスし、その声に耳を傾け、モノへの既存概念を時流に合った形に"ず
らし"ながらモノづくりすることが求められているのである。
 その他、産地では、今までの伝統を踏まえつつも新しいデザインの提案
や流通の見直し、不可能といわれていた本格的な木製漆塗椀で、食器洗浄
器・食器乾燥機など新しい機械に対応した漆器の開発など、時流に合わせ
たものづくりも進められている。さらに、生活用品として長持ちする堅牢
な漆器をアピールすることでの省資源への取り組みや、プラスチックをは
じめとした素材等のリサイクルの提唱・仕組みの模索など、これからの時
代に対応する環境配慮型の漆器・産地づくりにも注力している。こうした
中、産地ではそのシンボルとして、2012年9月、越前漆山車を完成し、産地
再生に向け新たなスタートをきっている。

                (地域経済研究所 教授 南保 勝)


         このウィンドウを閉じる