========地域経済研究所 eメールマガジン=========

     VOL.98/ 2 0 1 3.5 .31 (FRI) 発行

=================================

アジアの治安について

 私が中国広東省広州への赴任が決まり、東京で関係先に挨拶回りをした
時、「広州は治安が悪いから気をつけて」と口をそろえて言われたものだ。
初めて暮らす任地での生活に不安がないわけではないから、私は素直に
「治安が悪い」という情報に身構えた。とは言いながらも事前に何か準備
できるわけでもなく、「心得ておく」以外の有効な手立ては思い浮かばな
かった。
 ハノイに駐在した時も、子供から目を離さないようにするとか、低層階
だと泥棒に狙われやすいとか、でも上層階だと火災時に逃げ遅れるリスク
があるとか、大金を持ち歩かないようにするとか、バイクの引ったくりが
多いから歩道は車道側から離れて歩く、といったいくつかの心得があった。
 しかし、実際に広州に着任して生活を始めてみると、治安は決して「悪
くない」ことに気がついた。確かに、スリ、引ったくり、置き引きの類や
空き巣などの話しは多い。しかし、銃器や刃物による殺人事件が頻発する
状況ではない。つまり、ここ広州の治安の悪さとはASEAN諸国の中で言われ
る「治安の悪さ」とは全く別モノである。もしくは、90年代頃の香港に駐
在していた日本人が「深センや東莞の治安の悪さ」をことさら吹聴したこ
とが今に響いているとも感じた。確かに当時の華南地域は混沌としていて
治安のいい地域では決してなかった。
 例えば、ASEANの中ではベトナムは治安が良好な国と言われていた。そこ
と比べても2006年頃の広州の治安は決して悪くなく、むしろ安全なのでは
ないかと感じることが多かった。
 そう言えば「広州は治安が悪いから気をつけて」という助言をしてくれ
た人たちは皆、「中国通」の方たちだった。上海や北京から来る日本企業
駐在員に「広州は治安が悪いですよね?」と聞かれることも多かった。確
かに、中国の他都市と比べれば広州の治安は良くないかもしれない。でも、
広州はASEAN経験者から見れば治安の良い地域である。結局、どこと比較
するかによって治安の程度は良くも悪くもなるのである。
 中国については、反日デモ、鳥インフルエンザ、高速鉄道の事故など、
悪いニュースが大きく報じられる。このため、日本では中国に対する嫌悪
感が必要以上に大きくなる。「できることなら近寄りたくない」という感
情が日本人の対中意識には根強いと思い知らされることが多い。
 私自身、駐在を終えた今も出張などで東南アジア、中国に行く機会が多
い。慣れた土地であっても油断は禁物で、常にある種の緊張感をもって日
程をこなしている。そして行動基準としては、今ここで自分が犯罪に巻き
込まれたり、怪我したりしたら、「日本のニュースでどのように報じられ
るか?」。ある種不名誉な言われ方をして「家族が迷惑するかもしれない」
との思いが大きい。「あの国でそんな時間にあんな事しているのが悪い」、
「自業自得だ」という評価にならないように気を付けている。案外、この
行動規範は正しいと思っている。20年前に夜中の2時という少し非常識な時
間にハノイのカフェで鉈や鎌をもった不良青年に襲われかけたことがあっ
た。
女主人の「この人は外国人なんだよ!」という体を張ったタックルが青年
たちの気勢をそいだので助かったが、そうでなければ大怪我したかあるい
は死んでいただろう。「ハノイの町外れのカフェで夜中の2時に何やってた
んだよ。あいつ」と言われずに済んだ。
 日本企業にとってアジアは身近な存在となった。多くの日本人がアジア
に渡航するようになっている。いつ犯罪に巻き込まれても「不名誉」と言
われないような行動をとり、慣れてきても油断しないように過ごしてほし
い。

                (地域経済研究所 准教授 池部 亮)


         このウィンドウを閉じる