米の出荷制限のリスク便益分析(2012.2.29横浜国大シンポジウムで発表)(2012.4.6改訂)

岡敏弘

1. 経緯

 2011年11月14日(23年産米放射性物質調査終了後)、福島市大波地区(旧小国村)で生産された米から、暫定規制値500Bq/kgを超える放射性セシウムが検出された。福島県は同地区の出荷見合わせを要請した。11月22日福島県は、福島市旧小国村と特定避難勧奨地点が存在する地域を対象として緊急調査を始めた。福島市旧小国村は全袋を検査、特定避難勧奨地点が存在する地域は全戸検査し、調査終了まで出荷を見合わせ、500Bq/kgを超える米があった場合は、旧市町村単位で出荷自粛を要請することとした。
 その結果、伊達市(旧小国村、旧月舘村、旧富成村、旧柱沢村、旧掛田町、旧堰本村)、福島市(旧福島市)に出荷自粛を要請することになり、次いで、国の指示による出荷制限が行われることになった。また、別に二本松市(旧渋川村)も出荷制限となった。
 12月28日、米モニタリングで僅かでも検出された地域も緊急調査に加え、結局計23247戸、32755件を調査した結果、38戸で500Bq/kgを超え、545戸で100〜500Bq/kgだった。100〜500Bq/kgが出た地域は出荷見合わせを解除せず、自粛が続いた。  農水省は、年12月27日に、500Bq/kgを超える米が出て出荷制限された地域の23年産米を特別隔離米とし、24年産稲の作付を制限する必要があると発表した。100〜500Bq/kgの米が出た地域については、当該米を生産した農家の米を特別隔離米にし、24年産稲の作付制限を検討するとした。福島県は、12月28日に、100〜500Bq/kgの米が出た地域の米全部を特別隔離米にするよう要望した。
 24年産稲の作付制限については、2012年3月9日に、農水省が次のように決定した。すなわち、23年産米で500Bq/kgを超える数値が検出された地域のうち、福島市旧小国村、伊達市旧小国村、伊達市旧富成村は旧市町村全域で制限、福島市旧福島市、伊達市旧月舘町、伊達市旧掛田町、伊達市旧柱沢村、伊達市旧堰本村、二本松市旧渋川村は、字等の単位で制限を行う。23年産米で100Bq/kg超から500Bq/kg以下の数値が検出された地域のうち、相馬市旧玉野村は全域で制限を行う。23年産米で500Bq/kgを超える数値が検出された地域(旧市町村単位)のうち、上の作付制限にならない字等と、23年産米で100Bq/kg超から500Bq/kg以下の数値が検出された地域(上の作付制限地域を除く)と、旧緊急時避難準備区域では、管理計画に基づき米の全量管理と全袋調査を行うことにより、作付を行うことができることになった。ただし、23年産米について100 Bq/kgを超過した米の発生が一部の農家に限られる地域については、その農家について吸収抑制策や生産管理を行うことにより、作付ができるとした。
 3月29日、農水省は、100〜500Bq/kgの米が出た地域の米全部を特別隔離米にすることを決めた。

2. 福島市大波地区(旧小国村)

 福島市大波地区は全袋(5066件)検査され、結果は表1の通りである(福島県「米の放射性物質緊急調査の結果(第9報)について(2011年12月18日))。

表1 大波地区の米の検査結果
放射性セシウム濃度(Bq/kg)件数
検出せず1980
0〜1001641
100〜200813
200〜300232
300〜40061
400〜50056
500〜60016
600〜70061
700〜80075
800〜90029
900〜100019
1000〜110022
1100〜120054
1200〜13007

 各階層の真ん中の値を採って、「検出せず」を25Bq/kgとして平均値を出すと、118Bq/kgである(「検出せず」を0Bq/kgとすれば、平均は109Bq/kg、「検出せず」を50Bq/kgとすれば、平均は128Bq/kgになる。)。
 白米になると、放射性セシウム濃度は、玄米のときの44%に減る――福島市(旧小国村)で630Bq/kg→300Bq/kg、伊達市(旧小国村)で、580Bq/kg→230Bq/kgと780Bq/kg→330Bq/kg、伊達市(旧月舘町)で1050Bq/kg→400Bq/kg、福島市(旧福島市)で510Bq/kg→250Bq/kgと550Bq/kg→220Bq/kgと590Bq/kg→290Bq/kg、二本松市(旧渋川村)で780Bq/kg→370Bq/kg (福島県「暫定規制値を超えた放射性セシウムが検出された玄米について」2011年11月16日「米の放射性物質緊急調査の結果について(第2報)」11月28日「米の放射性物質緊急調査の結果について(第3報)」12月2日「暫定規制値を超えた放射性セシウムが検出された玄米について」12月7日)――から、大波地区で、白米で平均52Bq/kgの米が出荷制限されたことになる。
 大波地区の米収穫量は192tである(福島県「暫定規制値を超えた放射性セシウムが検出された玄米について」2011年11月16日)。米の価格を240円/kgとする(『福島県農林水産業の現状』2011年7月によれば、中通り産コシヒカリと浜通り産コシヒカリのコメ価格センター指標価格が14500円/60kg、福島県産ひとめぼれのそれが14200円/60kg。実際はもっと高かったかもしれない)と、失われた米の価値は4600万円となる。これが費用である。
 「放射線被曝管理の簡単なリスク便益分析」に書いた、線量当たり損失余命の値と、放射性セシウムの線量係数とを組み合わせて、表2の放射性セシウムのリスク係数を得る。

表2 放射性セシウムのリスク係数
年齢 人口
重み
損失余命
(日/mSv)
線量係数(mSv/Bq)1) 放射性Csの損失余命係数
Cs-134 Cs-137 平均 (日/Bq) (秒/Bq)
0-1.72.6×10-52.1×10-52.4×10-54.1×10-53.5
5 (0-9)0.08681.41.3×10-59.6×10-61.1×10-51.6×10-51.4
15 (10-19)0.09430.971.9×10-51.3×10-51.6×10-51.5×10-51.3
27 (20-34)0.18040.601.9×10-51.3×10-51.6×10-59.5×10-60.82
42 (35-49)0.20490.301.9×10-51.3×10-51.6×10-54.8×10-60.41
60 (50-)0.43360.091.9×10-51.3×10-51.6×10-51.5×10-60.13
全年齢10.42 6.2×10-60.53
1) ICRP(1996), Publication 72, Annals of the ICRP, 26(1).

 192tの玄米が175tの白米になるとして、その放射性セシウムは910万Bq。これに表2の損失余命係数6.2×10-6[日/Bq]をかけると、56人・日(0.15人・年)の損失余命。これだけの損失余命を回避したことになり、「放射線被曝管理の簡単なリスク便益分析」に書いた余命1年延長便益660万〜3300万円を当てはめると、その便益は97万〜500万円となる。

3. 暫定規制値(500Bq/kg)を超える米が出て出荷制限された地域全部

 上の福島市大波地区(旧小国村)の他に、暫定規制値(500Bq/kg)を超える米が出た、福島市(旧福島市)、伊達市(旧小国村、旧月舘町、旧掛田町、旧富成村、旧柱沢村、旧堰本村)、二本松市(旧渋川村)でも出荷制限された。
 1900戸の米が検査され、その結果は表3のとおりである(福島県「米の放射性物質緊急調査の結果について(取りまとめ)【訂正】」別表、2012年2月7日)。

表3 暫定規制値を超える米が出た地域(大波地区以外)の検査結果
濃度区分(Bq/kg)検出せず〜100100〜500500〜
戸数122647417822

 500Bq/kgを超えたのは27件(22戸)あり、その平均値は表4から756Bq/kgである。

表4 暫定規制値を超える米の値(大波地区以外)
出典地域濃度
(Bq/kg)
出典地域濃度
(Bq/kg)
出典地域濃度
(Bq/kg)
10報福島市(旧福島市)1540 9報 伊達市(旧小国村)73014報福島市(旧福島市)570
18報伊達市(旧富成村)1340 16報伊達市(旧小国村)70014報福島市(旧福島市)560
6報 伊達市(旧富成村)1240 15報福島市(旧福島市)6903報福島市(旧福島市)550
16報伊達市(旧小国村)1100 14報伊達市(旧掛田町)6609報伊達市(旧掛田町)550
2報 伊達市(旧月舘村)1050 8報 福島市(旧福島市)64012報伊達市(旧堰本村)550
15報伊達市(旧掛田町)950 9報 伊達市(旧富成村)62014報福島市(旧福島市)550
15報伊達市(旧掛田町)930 3報 福島市(旧福島市)59014報福島市(旧福島市)540
2報 伊達市(旧小国村)780 2報 伊達市(旧小国村)58014報福島市(旧福島市)530
別報1)二本松市(旧渋川村)7806報 伊達市(旧柱沢村)5803報福島市(旧福島市)510
1) 福島県「暫定規制値を超えた放射性セシウムが検出された玄米について」2011年12月7日。

 100〜500Bq/kgのものの分布については、第11報に表5のような報告がある。

表5 緊急調査で500Bq/kgを超える値が出た地域の100〜500Bq/kgの分布
濃度区分(Bq/kg)100〜200200〜300300〜400400〜500
件数20841227

 区間の真ん中の値を代表値として平均をとると188Bq/kgになる。
 そこで、500Bq/kgを超える濃度の米を生産した22戸の米の平均濃度を756Bq/kg、100Bq/kgを超え500Bq/kg以下の濃度の米を生産した178戸の米の平均濃度を188Bq/kg、100Bq/kg以下の濃度の米を生産した474戸の米の平均濃度を50Bq/kg、検出されなかった1226戸の米の平均濃度を25Bq/kgとして、全体の平均を求めると、55Bq/kgとなる。白米にすると24Bq/kgである。
 2010年農業センサスによれば、この地域の稲作付け面積は835haであり、この地域の米の平均収量を530kg/10a(作物統計から)として4400tの米が生産されたと推定される(ただし、二本松市旧渋川村については収穫量1250tという報告があるので、それを使った)。
 大波地区が192tで平均濃度118Bq/kgだった。それ以外の出荷制限地域が4400tで55Bq/kgである。したがって、出荷制限地域全体で見れば、平均濃度58Bq/kgの米4600tが出荷を止められた。米4600t廃棄によって失われる価値は11億円である。
 他方、リスク削減便益は以下のとおりである。白米にすると、26Bq/kgになり、消費量も4200tだから、口に入る放射性セシウムは1.1億Bq。これの損失余命は660人・日=1.8人・年。この便益は1100万円〜5900万円である。

4. 100〜500Bq/kgの米が生産された地域(出荷自粛)

 緊急調査で100Bq/kgを超える米が出たが500Bq/kgを超える米は出なかった地域すべてが、県の指示で出荷を見合わせた。結局、この地域の米はすべて特別隔離米になったので、出荷されない。この地域の検査結果は表6のとおりである。

表6 100Bq/kgを超え500Bq/kg以下の値が検出され、500Bq/kgを超える値はなかった地域の濃度の分布
濃度区分(Bq/kg)検出せず100以下100を超え500以下
戸数67301632313

 100〜500Bq/kgの平均濃度を、大波地区を含む出荷制限地域のそれと同じとすると、194Bq/kgである。これを使って、100Bq/kg以下は50Bq/kg、検出せずは25Bq/kgとして平均をとると、36Bq/kg。白米なら16Bq/kgになる。
 センサスの面積(6100ha)から計算した収穫量は32000tであり、これを廃棄することで失われる価値は78億円である。
 口に入る放射性セシウムは4.6億Bqで、その損失余命は7.9年。その便益は4800万〜2億4000万円である。

5. まとめ

 以上の結果をまとめると、表7のようになる。大変非効率で米がもったいない。さらに、この米を食べなかったとしても被曝がゼロになるわけではないから、本当はもっと非効率である。

表7 米の出荷制限の便益と費用
便益(億円)費用(億円)便益費用比
福島市大波地区0.0097〜0.0500.460.021〜0.11
暫定規制値を超える値が出た地域(大波地区を含む)0.11〜0.59110.010〜0.054
100Bq/kgを超える値が出たが暫定規制値を超えなかった地域0.48〜2.4780.0062〜0.031

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