『行政評価の現実と理論』の序


 この報告書は、福井県立大学地域経済研究所地方行財政領域の研究プロジェクト「行政評価システムの意義と課題」の成果である。このプロジェクトは、元々、地域公共政策学会の行財政研究会の活動を母体にして発足した。
 行財政研究会は、はじめは、特に統一的な研究課題をもっていたわけではなかったが、平成13年(2001年)7月頃から、行政評価の研究に集中するようになった。そうした研究会の方向には、研究会のメンバーである田口春彦氏が福井市で行政評価を推進する立場にあったことが強く影響したが、他の自治体でも行政評価は重要な課題であり、研究会参加者の最も強い関心が行政評価にあったのである。この研究会の活動の一貫として、平成14年(2002年)6月15日には、地域公共政策学会春季シンポジウム「行政評価が地域を変える」を敦賀市で開催した。
 その後も月1回程度の研究会を地域経済研究所で重ねた成果がこの報告書である。
 第1章の福井市の行政評価の取組に関する田口春彦氏の論文は、本報告書の中心をなしている。補助金の見直しから、事務事業評価システムの導入、総合計画の目的型体系化を経て、施策進行管理へと進んでいく課程が克明に描かれている。これから行政評価を導入しようとする自治体の職員には必ず参考になるであろう。
 第2章は、敦賀市で行政評価を導入しようとした立場から、先進地と言われてきた三重県の行政評価の流れを独自に評価した、井上武史氏による論文である。著者は、行政評価にとって、総合計画との連携の重要性はしばしば語られるが、実際は、評価と予算との連携に引きずられて、総合計画との連携が切れてしまうこと、行政評価にとって本当に重要なのは、予算と総合計画との連携であって、行政評価はむしろそのための手段にすぎないことを、三重県の歩みから明らかにした。
 第3章は、ニュー・パブリック・マネジメント(NPM)論の、日本における受容の現状と課題を、様々な論者の議論や政府の報告書を丹念にたどることによって明らかにした、宇野義規氏の論文である。まず、効率性重視か有効性重視(戦略経営や直接民主主義的視点を含める)かという視点で経済学者の議論が整理され、次いで、NPMとガバナンスとを峻別し、ガバナンスの領域は市場化になじまず、政治の領域として独立だという点を強調する行政学者の議論が紹介される。政府によるNPMの受容では、効率性の徹底的追求が後退したことが指摘され、現行の中央集権的体制をそのままにしての自治体へのNPMの導入の意味が問われる。最後に、NPM改革は戦略的大方針の集権化によってしか果たし得ず、戦略は政治領域に属するが、日本のNPM論では、政治の役割や政治と行政との関係が未解決であると指摘されている。
 第4章は、PPBSとNPMとの関係を追究した菊地裕幸氏の論文である。1960〜70年代に米国で提唱されたPPBSに代表される政策科学とその基礎をなす厚生経済学の失敗を克服する役割をNPMに負わせようとする最近の論調に対して、PPBSとは何であり何に基づいて何を追求しようとした手法であるかを、過去にさかのぼって検証することによって、反論を提示するものである。PPBSが失敗した原因はNPMが失敗するかもしれない原因ともなりうることを指摘している。
 第5章は、NPMが新制度派経済学に基づいているという、多くのNPM論者がとっている見方を否定した岡の論文である。厚生経済学に基づいていたPPBSの失敗を、新制度派経済学に基づくNPMが克服するという図式を否定するという意味で、この章は前の第4章と共通の目的を持っているとも言える。オールド・エコノミックスたる厚生経済学が、NPMの基礎にも行政評価の基礎にも十分なりうることが指摘される。
 本書を貫く姿勢は、第1に、現実が最良の教師であり、着実な実践の中から出てきた課題に答えうる理論だけを相手にすべきであるということである。第2に、市場経済の中での公共部門の存在意義とそれがもつ問題点は、古くから認識され、今日でも本質的に変わりがなく、経済学はこれについて長年にわたって考察してきた歴史をもっており、したがって、一見新しそうに見える理論が、本当に新しい切り口を示してくれる可能性は小さいということである。第3に、官僚制と政治との関係にまつわる問題もまた古い問題であって、NPMの登場によって、その問題に画期的な解決がもたらされるわけでもないということである。
 実践の中から出てきた田口氏の言葉---「最終的な政策決定はあくまでも政治家が行うものであり、行政評価はそれを『科学的』に助けるものであるに過ぎない」(27頁)---は、政治と経済分析との関係についての伝統的厚生経済学の見方そのものである。「自治体職員はリーダーシップの不在を行政評価に取り組まないことの理由にしてはいけない」(同上)という田口氏の言葉も、市民や専門家による外部評価の可能性を排除するものではないとはいえ、行政評価が基本的には官僚の側に属する手法であることを示している。また、官僚が利己的であることを前提とする新制度派経済学の行政観では、行政評価は導入しえないことをも、これは示している。
 にもかかわらず、行政評価に代表されるNPMの理念は必要である。公共部門は公共部門であるからこそ、市場に頼らない、意識された評価を必要とするのである。評価が定着するために真に必要な考え方の基本は何かというのが、本書を構成する5つの章が共通して追究した課題なのである。
 本書は、行政評価の実践に取り組む自治体職員と研究者との両方に読まれることを意図して書かれた。その意味で類書の中で独自性を発揮しうると思っている。もとより、成功しているかどうかは読者の判断に委ねなければならない。
 地域公共政策学会行財政研究会の活動は、本書の執筆者にならなかった多くの参加者によっても支えられている。それらの方々との議論が本書を生み出す土壌を形成した。同研究会の活動がさらに活発に持続されることを期待したい。

2003年3月
岡 敏弘

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