研究概要

研究上の興味

私の大きな興味は,伝統的な魚類学の記載を出発点として,魚類に見られる多様で興味深い表現型の機能,及び表現型多様性(特に生態的・行動的多様性)や種多様性がどのようなプロセスで,そしてどのようなメカニズムで創出されたのかの理解にあります.この問いに迫るためには,進化研究に関連したさまざまな生物学的アプローチを統合して研究する必要があります.つまり,(1)野外生態調査,室内操作実験による究極要因の解明,(2)生理・内分泌解析による進化生理基盤の解明,(3)QTL解析などの順遺伝学解析,比較ゲノム・トランスクリプトーム解析,ゲノム編集を用いた逆遺伝学的解析などによる進化遺伝基盤の解明,(4)集団遺伝学的・分子進化学的解析を用いた進化プロセスの解明といったもので,いわゆる“生態ゲノミクス”のアプローチです.本質的には私は進化生態学者で魚類学者ですが,ミクロからマクロまで必要な研究手法は積極的に導入する姿勢で研究を進めています.しかし,多様な研究アプローチへの展開は私の小さな研究室だけでは難しいこともあるので,他大学・研究機関の方の力を貸してもらったり,共同で研究したりしています.

現在実施中の研究プロジェクト

イトヨ類の繁殖行動戦略に関する行動生態ゲノミクス

魚類の繁殖システムや雌雄の繁殖戦略は極めて多様化しており,近縁種間や集団間においてさえ異なることが珍しくありません.それではこのような多様性はいったいどのようなメカニズムで進化してきたのでしょうか.私達は行動生態学の観察や理論をベースに,行動内分泌学や進化遺伝学のアプローチを駆使して,このような多様性創出の進化機構を統合的に理解しようとしています.トゲウオ科魚類のイトヨ類は,ティンバーゲン以来の動物行動学の伝統があり,現在ではゲノム情報が充実した進化生物学のモデルでもあること,さらに多様な繁殖行動戦略を示す集団が北半球の世界各地に存在することから,このような“行動生態ゲノミクス”の研究においても最適な対象と言えます.現在,日本産の淡水型イトヨの1系統であるハリヨに認められる繁殖システムや雌雄の繁殖戦略の生態型間変異をモデル系に,内分泌系(性ホルモン)の進化を手がかりとし,さまざまな分子遺伝学的・ゲノム学的手法を用いてこの現象の原因DNA変異を同定・解析しようとしています.このように,遺伝子レベルから行動生態レベルまでをつなげて雌雄の繁殖戦略の適応進化機構に迫っています.

浅海域における魚類の適応分化と種分化機構

海洋,特に浅海域には豊富な生物多様性が存在しますが,その多様性創出のプロセスやメカニズムには不明な点が多く残されています.私達は下記の2つのシステムを対象として,生態ゲノミクスのアプローチから浅海域における魚類の適応分化と種分化機構に迫ります.

日本海における固有魚類集団の適応進化機構

アジア大陸と日本列島の縁海である日本海は,更新世の氷期−間氷期サイクルによる気候変動の影響を顕著に受けた代表的な海域の一つです.日本海は現在でも半閉鎖的な海域ですが,氷期に外側の海域と分断されたことが原因で,海洋生物や通し回遊性の生物に遺伝的な固有性をもつ集団(日本海型/系統とか呼ばれています)が生息していることが次々と明らかになってきました.氷期の寒冷化を伴う日本海環境は,多くの生物種に厳しい環境であったと推察されており,ハゼ科の遡河回遊魚シロウオをモデル系として,日本海固有の適応進化の実態を明らかにする研究を進めています.また,いくつかの種において,外側の海域に生息する集団との生殖隔離の程度を解明し,speciation continuum上の位置の特定を行おうとしています.

クマノミ類の表現型進化と適応放散機構

一般に海洋は地形的な閉鎖性に乏しく,上記のような典型的な異所的隔離によってのみで莫大な多様性が生み出されたとは考えられません.特に,種多様性がきわめて高い熱帯や温帯域の浅海域においては,多様なニッチの存在により駆動される生態的種分化が主要な機構である可能性があります.インド-太平洋の熱帯域から温帯域の浅海域に生息するクマノミ類は,イソギンチャクと共生で非常に有名な魚類です.クマノミ類の種多様化はイソギンチャクへの共生能の進化によって駆動された適応放散によって生じたこと,その後の二次的な異所的隔離によって多様性が増加したことがが示唆されています.したがって,このモデル系の特徴は海洋における種多様化機構の理解に大きく役立つものと考えられます.現在,このような文脈で,クマノミ類の適応放散における表現型多様化の進化遺伝基盤,および西部太平洋の熱帯域に起源をもつクマノミ類の高緯度地域への進出機構についての研究に取り組んでいます.

琵琶湖固有魚類における湖沼適応と生殖隔離機構

水圏の中でも湖沼は生物多様性の創出機構を探る絶好の舞台で,アフリカ大地溝帯のシクリッド類や北半球高緯度地域の後氷湖の冷水魚(サケ科やイトヨ)は世界的にも有名な例です.我が国にある琵琶湖も東アジアの古代湖として世界でも有数の生物多様性を誇り,多くの固有魚類が生息しています.琵琶湖には広大で深い沖帯や急峻な岩礁帯が存在し,このような3つの主要な環境軸(沖合・深場・岩礁)によく適応した固有種・亜種が祖先性の河川性種から進化してきたと考えられています.しかし,琵琶湖の魚類多様性はいわゆる“適応放散”的な現象ではなく,多様な分類群から固有系統がそれぞれ独立して創出されたものであることが近年の分子系統学研究からわかってきました.それでは,このような固有魚類の琵琶湖環境への適応進化や祖先性の河川性種との生殖隔離はいったいどのようなメカニズムで生じたのでしょうか.私達は現在,3つの環境軸からそれぞれ代表的なモデル系,すなわち(1)琵琶湖の沖帯環境への進出例(タモロコーホンモロコ),(2)深場環境へ進出例(ウキゴリーイサザ),(3)岩礁環境に進出例(ヒガイ種群),を選定し,それらの湖沼適応や生殖隔離機構に関して,生態学,生理学,QTL解析などの形質遺伝学,集団ゲノミクスのアプローチを駆使して迫っています.

タナゴ類における雌繁殖形質の適応的多様化機構

繁殖寄生を行う動物では,繁殖形質を宿主特異的に適応的多様化させることがあります.淡水性二枚貝類の鰓内への産卵という特異な繁殖生態を持つタナゴ亜科魚類においても,宿主の差異と関連した雌の繁殖形質の多様化が認められます.特に,卵形の多様化と特異な形質である産卵管の変異は新規で興味深い現象です.私達は,種内5亜種間に卵形と産卵管長の顕著な変異が認められるタビラ類をモデル系に,雌の繁殖形質セットの亜種間変異の適応的意義と進化遺伝基盤を探る研究を行っています.さらに,タビラ類で得られた知見をタナゴ亜科魚類に広く展開することにより,雌繁殖形質セットの適応的多様化の全体像に迫ろうとしてます.

主な共同研究者