沿岸環境関連学会連絡協議会

『新・生物多様性国家戦略』についての提言

平成14年3月1日
沿岸環境関連学会連絡協議会
代表 灘岡 和夫


1.生物多様性を考える場としての「国土」の空間設定

事務局案では、「国土」の範囲は、たかだか干潟や藻場・サンゴ礁といった浅海域に 止まっている。しかしながら、海域における生物多様性を論じるには、それではきわ めて不十分である。そもそも生物多様性を論じる際、対象とする場を閉じた生態系と 想定することはできない。特に海洋の場合、生態系が水平的また垂直的に連続していて、 里山、湿原、森林などのように地理的な区分が困難である。干潟や藻場・サンゴ礁と いった浅海域も、陸域からの影響だけに留まらず、外洋からの影響も強く受けており、 そのような連続した広域生態系の一環として浅海域の生態系が論じられる必要がある。 そのような観点からすると、少なくとも陸域に接する沿岸域を陸棚(あるいは排他的経済水域) 程度まで広げてとらえる必要があり、そのような陸−海一体の広域生態系として国土の空間設定を行い、 その中での沿岸海洋生態系の維持管理や、生物多様性の保持を論じる必要がある。

2.広域生態系における物質循環の視点の導入

そもそも事務局案では、陸上生態系に比べて海洋生態系に関する記述が圧倒的に少ないという問題があるが、 海洋生態系は、陸上生態系と比べてP/B比(生産/バイオマス比)が極めて高いことからも明らかなように、 いわゆるフローが卓越する系になっており、陸上よりも生物組成の経時変化やそれに伴う物質循環速度が大きい、 という特徴を持つ。本来、生物多様性はこの物質循環の様態と密接に関連しているが、事務局案ではそもそも 「物質循環」の視点が希薄であり、海洋生態系の基本的な特徴についての記述もほとんど無い。しかし、上記の ような観点からすれば、海洋生態系の保全は、陸上のような特定稀少種の保全を指標にするというよりは群集 としての保全という観点が必要であり、そのような特質を踏まえたうえでの生物多様性の議論が必要となる。

3.さまざまな人為影響による物質循環の変質と生物多様性の減少

現状の沿岸海洋生態系では、さまざまな人為影響の結果、上記の物質循環の様態が変質し、結果的に生物多様性が 失われる傾向にある。したがって、海洋生態系の生物多様性の保全を戦略的に意図するならば、このような物質循環 から見た人為影響の実態を明らかにし、結果としての生物多様性(海の健全度)の変化を具体的にモニターしていく ことが重要となる。また、具体例として、東京湾等の閉鎖性水域における赤潮・青潮の発生や、全国の多くの海岸で 見られる藻場の喪失(磯焼け)、沖縄南西諸島域での陸域開発に伴う表層土壌(赤土)流出による周辺サンゴ礁域生態系の 環境悪化、といったような事例を挙げるべきである。

4.水産業の積極的位置づけと問題点の評価

物質循環から見た海洋生態系における水産業の役割は、無視できない重要性を持つ。また、漁業者は日常的な 海域生態系のモニターとしての役割も果たしている。そのような観点からの漁業(者)に対する積極的な記述が望まれる。 一方で、水産業は放流・養殖等で、生物多様性に対してマイナスのインパクトを与えている可能性が指摘されており、 今後より詳細な検討が必要である。また、市場価値のある特定魚種のみの漁獲は、海洋生態系の全体的な管理や生物 多様性の保持の観点からはネガティブな要素になり得るので、今後、持続的な環境保全型水産業のあり方が模索される必要がある。

5.沿岸域の生物多様性戦略

沿岸域における生物多様性を戦略的に保持して行くには、下記の課題が重要となる。

・沿岸域に関する法制度や政策を生物多様性の観点から見直す。

・国際的な条約(ラムサール条約など)の国内での実効性を高める。国内政 策との調整を本格的に行う。

・沿岸域に関する地方自治体の計画や政策も対象とする。

・研究者だけでなく、漁業者、ナチュラリスト等について、生物多様性保全を目標とした行動計画を作成する。特に 漁業者には、その行動によって経済的にも生業が成り立つような枠組みをつくっていく。

・より本格的な沿岸管理法をつくる。

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