陸域と外洋域をつなぐ沿岸域は,大きな基礎生産性と高い生物多様性によって特徴付けられる重要な領域だが,近年,沿岸生態系の基盤を担う干潟や藻場,サンゴ礁などの環境が,干潟における二枚貝資源の激減や藻場の磯焼け,サンゴの白化に代表されるように,かなり危機的な状況にまで悪化してきている.このような基盤的沿岸生態系の悪化をくい止め,あるべき本来の生態系に復元していくための十分な科学的知見を得るには,これらの生態環境システムが成立している物理・生態環境的な基本構造を,それを取り巻く周辺の陸域,外洋域,地下水といった諸要素との関連を含めて適切に理解し,それらを通じての様々な環境インパクトの実態を明らかにするとともに,各環境外乱要素と,対象とする沿岸生態系の物理・生態環境の応答との因果関係をできるだけ定量的に把握していく必要がある.
 干潟や藻場,サンゴ礁生態系は,貝類や海草・海藻,サンゴといった底生生物,すなわちベントス系が主役をなす.上記の基盤的生態系の最近の危機は,基本的には,これらのベントス系の劣化に起因しているが,多くの場合,その原因が十分特定できていない.このようなベントス系の広範な劣化は,沿岸生態系全体に深刻な影響を及ぼす.そのことは,国連海洋法条約にもうたわれている沿岸生態系の健全な維持に基づく沿岸水産資源の適切な管理という時代要請から見ても,由々しき事態であると言わざるを得ない.しかし,この問題に取り組むべき研究面での体制はきわめて不備な状態にある.特に問題なのは,ベントス系に限らず,沿岸生態系の保全に関わる問題に対する取り組みが,多くの場合,個々の専門分野ごとに別個に行われてきていることである.このことは,一般に,生態系保全研究が,きわめて学際的・総合的な取り組みを必要とすることを考えると,大きな問題である.
 本シンポジウムでは,沿岸浅海域における干潟,藻場,サンゴ礁生態系に関して,その劣化の状況を多角的な観点から概観し,危機感を共有するとともに,これらのベントス系を中心とした沿岸生態系の保全・再生に向けての今後の学際的な研究戦略のあり方を多角的に議論することを目的とする.
開催主旨