講演要旨

 

第5回ジョイントシンポジウム  〜有明海の環境システムを考える〜

―数値シミュレーションによる環境評価の可能性と限界の現状―

 

1.磯部先生

(1)潮汐振幅

  外海潮位振幅―湾奥潮位振幅の図

 ・1997年までは外海の潮汐振幅に対応して潮位振幅減少

 ・1997年以降は外海に関係しない潮位振幅減少 諫早締切に時期が対応

(2)赤潮

・長期的変化の傾向 湾奥から湾口に向けて範囲が広がる。

80年代後半に福岡・佐賀沖で増加、90年代後半に加えて熊本沿岸で増加)

2000年度の傾向 気象的特異性

 長期的水質悪化の傾向と2000年度の気象的特異性が重なって海苔の不作になった。

・大雨+好天(日射量大)+弱風の条件が重なった事が赤潮の発生につながった。この3つの条件が重なることは少なくともこの10年はなかった。

(3)今年度の観測結果

・夏季の成層が予想以上に強い。大潮小潮依存性がない。観測位置が湾奥であるため?

・底層が貧酸素化している。3mg/l以下にはならない。

(4)数値シミュレーション

・基本的な特徴は再現しているようだがまだ課題は多い。

 

 

2.中田先生

(1)水環境悪化の3要因

有明海の最近の特徴

@潮汐振幅の減少 A濁度の低下 Bベントスの減少

潮流速の減少 → 底質巻上げ量の減少 → 濁度の低下=透明度上昇 

→ 植物プランクトン増加 → 有機物沈降量大 → 貧酸素化 → ベントス減少

(2)潮汐振幅減少が及ぼす影響

・干潟面積(乾湿―水没部)の減少

・鉛直混合の減少→密度成層の発達→特に表層のにごりの減少→表層植物プランクトン増加

 ・サンフランシスコ湾では植物プランクトン増殖に大潮小潮依存性がある。

2001年の調査結果 有明海湾央部に成層が発達。この部分で赤潮が発生。

SeaWifsデータとも対応。

(3)濁度低下について

 ・濁度は長期的に減少傾向にある。

・原因 @河川からの流入濁質量の減少。

A潮汐の減少。

B物質滞留時間からわかること。

塩分の滞留時間は長期的に変化なし。海水交換速度不変。外海影響ではない。

栄養塩などの滞留時間は増加。生化学的影響が考えられる。

 (4)質コアサンプルが示すこと

   1980年代後半からプランクトンが独立栄養系から従属栄養系へ変化。

   有明海の水環境変化を示す指標。

   → 有明海全体の物質循環構造の変化を検討する必要あり。

 (5)数値モデルへの課題

  ・海洋構造の再現 特に成層状態

・濁度の再現 浮泥の収支

・物質循環の長期変化の再現

質問門谷先生:透明度の経年変化について、場所的な変化はどうか?

回答):現在検討中。

 コメント門谷先生CODは上がっているので、透明度の議論では、内部生産による

有機物による寄与と底質の寄与などを分離して考える必要がある。

 

3.柳先生

(1)水環境特性の海域比較

   有明海は瀬戸内海よりも高い単位面積あたり漁獲高を過去に示していた。

   瀬戸内海  魚中心       浮遊藻類が多い  生態系パスが長い

有明海は  ベントスが中心   付着藻類が多い  生態系パスが短い

  有明海ではベントスが中心であり生態系パスが短いので生産性が高い。ベントスは有明海に存在する豊富な付着藻類を摂取している。これが有明海の生産力が高い理由。

質問1):付着珪藻の付着力は非常に強いベントスは本当に付着珪藻を食べているのか?

コメント)門谷先生:付着珪藻を食べていることは確かだが、浮遊系からの割合を精査する必要がある

 

4.田淵先生

基本的に講演概要集の通り

潮汐の応答計算においては微小振幅の波を入力しているので干潟の効果は反映されていない.

 

5.経塚先生

シミュレーションでは、諫早湾南岸から島原半島に沿岸沿いに強い流れが見られる。

    水門を常時開放すれば、締切前の潮汐振幅が回復できる。

他、講演概要集の通り

 

6.灘岡先生

1)潮汐振幅減少について

要因は3つある要因@有明海の面積減少、要因A平均水位の上昇、要因B外洋潮汐の減少。

これまでの各研究者の検討は、この3つの要因設定が整理されていない。また、それぞれの要因の寄与率は研究者間でバラバラである。

・「有明海環境システムへの潮汐変化の影響」という問題設定をするとき,単に有明海内の潮汐振幅の減少ということを指標として議論することは,問題のポイントを見誤る可能性があることに注意しなくてはいけない.原理的には,有明海内の全体的な潮汐振幅がたとえ変化しなくても,締め切り堤防建設は,潮汐波動に対してその腹の位置の変化に直接結びつくことになり,締め切り堤防近傍では必ず潮汐流速変動振幅が大きく減少することになる.

2)流れのシミュレーション

三次元シミュレーションにより、有明海の残差流系が再現できた。

有明海の残差流系のメカニズムはについては、講演概要集の通り。

3)底質の輸送シミュレーション

簡単な巻上げ・沈降モデルにより、佐賀沖から諫早湾に堆積している泥質(ガタ)の輸送シミュレーションを行った。

定量的な議論はできないが、締切後は締切前に比べ透明度が上昇した。これは、締め切りにより潮流流速の減少に伴って諫早湾内の底質巻上げ量が減少したためである。

質問1)小松先生:自分たちのグループでも観測を行ったが、シミュレーション結果は

実測をよく再現している。観測によると流れは鉛直方向にもかなり分布を持った構造になっているが、シミュレーションの結果はどうか?

回答1)結果が出たばかりで詳細は未だ見ていない。

質問2):干潟の干出計算はどうしているのか?

回答2)移動境界の計算を行っている。

 

7.田口氏

今回話題の中心となった有明海の物理環境シミュレーションに対し、(株)シー

ティーアイの田口氏からは内湾生態系モデルによる水質環境シミュレーションの取組みが紹介された。年間の水質変動を解析して湾内の物質分布の特性や循環動態を考察するという試みで、既存資料を利用した当面の結果が示され、今後の検討課題として

以下のような項目が指摘された。

1)モデルを検証するための観測データを収集し、データセットを充実化する。

2)当面のモデルでは冬季の植物プランクトン(特に珪藻類)の増殖現象が十

分に再現できない。

3)プランクトンとともに湾内のデトリタス等の有機物現存量の再現も重要な課

題。知見が不足し実態すらわからないので、観測データの取得が望まれる。

4)底泥堆積物の再懸濁(浮泥)と濁りによる1次生産の律速過程をモデル化

し、シミュレーションに組み入れる。

5)当面は表現できなかった干潟生物の水質浄化機能をモデル化する;

  ・ベントス(特に二枚貝類)による懸濁物・堆積物の濾過摂食

  ・底泥中の脱窒過程

  ・冬季のノリ養殖場内での栄養塩摂取動態

6)モデルの改良と信頼性の確認を終えた後、種々のシナリオシミュレーションを行い、干潟生物の役割や諫早湾潮受堤閉切りの影響について考察する。

 

パネルディスカッション

有明海環境システムの定量評価・予測を行う上で重要な項目について

(1)潮汐・潮流について

灘岡先生)有明海の環境を議論する上で、潮汐振幅の変化がどの程度重要なのか疑問である。もし本質的に重要であれば、大潮・小潮の依存性があるはず。

磯部先生)観測結果によると大潮・小潮は関係ない。風による混合が重要である。

中田先生)これまでの公共用水域データの観測は大潮に合わせているので、小潮のデータは無い。成層が有明海のどこにできるのか、実態把握が重要である。

柳先生)潮汐フロントの部分では大潮・小潮の変化があるはず。場所、水深との関係が重要である。

小松先生)7大学共同の流動観測(ADCP&STD)を2001年10月16日(大潮、日長不等小)13.5時間連続で行った。3月までに報告書作成予定。小潮時は、日長不等が大きく、半日の観測では平均流(残差流)が出せない。

(2)浮泥のシミュレーションについて

中川氏・港空研)浮泥のシミュレーションモデルを作成中である。マッド特性の局所性が問題である。濁度の連続観測も行っている。

杉本先生・東大海洋研)泥と砂の分布特性が異なっており、沿岸部と中央部では特性が異なる。長期的な動態把握が必要であり、そのためには波、流れ、河川からの出水など、個々の時間スケールを考えたモデル化が必要である

中田先生)−陸からの影響はどうか?

     無機質の濁りは減っている。CODは上昇している。濁りと透明度の関係を明確にする必要がある。

磯部先生)−波と濁りの関係はどうか

     緩勾配なので、汀線付近では波が減衰していてあまり重要ではないが、流れに乗って輸送される場の巻き上げに波は重要である。

中川氏)佐賀沖では波が重要であるとの研究がある。自分たちの観測では、大潮と小潮で差があり、荒天時に波が重要。

氏名不明)干潟の浄化能力などの重要性を示すデータが不十分ではないか?議論を発散させず、ポイントを絞って、サイエンスによる論証を行ってほしい。

小松先生)有明海の望ましい姿は何なのか?それが明確でない。

中田先生)講演で示した様に、物質循環の内部構造が歴史的に変化してきた。

     →干潟を有明海全体の物質循環の中に復元することが重要ではないか。

(3)今後のシミュレーションの課題

灘岡先生)流動まではシミュレーションができるようになった。次に生態系シミュレーションに移りたいが、問題は?

柳先生)付着珪藻を入れたモデルはできている。現在モデルパラメータを決める観測を北九州で行っている。

氏名不明)有明海では、干潟の生物は以外に少ない。浅海域に多い。

(4)観測の問題について

灘岡先生)干潟の水深データが無い。他に不足しているデータは何か。

      観測方法には短期集中型と連続型の2種類がある。

磯部先生5点程度の鉛直連続観測が必要。有明海の理想像は、貧酸素が無く生態系が豊かな状態。

経塚先生)ADCPによる連続データを取っている。公開したい。

中田先生)浅海定線の観測網を強化したい。1/11に有明4県の水産試験場長の会議を行った。データは県の持ち物であるが、公開する方向で進めている。

杉本先生)プランクトン卓越種の変遷が重要ではないか?その種のデータはどうか?

石丸先生)プランクトン種については、長期の研究が必要。特定の限られた種でしか特性データは無い。短期だけではなく長期的研究も必要。

小田巻氏・水路部)かなりのデータセットを整備している。プランクトンもデータセットを作ろうとしている。