食品の新基準値は福島県産米の消費を回復させるか (2012.4.11)

岡敏弘

 2012年4月から食品の放射性セシウムに関する新しい基準値による規制が始まった。一般食品では、基準値は、これまでの暫定規制値500Bq/kgから、100Bq/kgに厳しくされた。先に米を例にとって示したように、この規制強化によるリスク削減は極めて小さく、他方、それによって新たに廃棄を迫られたり、作付を制限されたりする農産物はかなりの量になるので、この規制強化は、その費用と便益の観点からすると、明らかに非効率である。また、元々リスクが極めて小さいから、公平性の観点(つまりリスク分配の不平等解消という観点)からこの規制強化を正当化する論理を見いだすこともできない。

 そうなると、この規制強化に社会的意義を求めるとすれば、これによって、流通している食品についての消費者の安心感が高まり、福島県産農畜産物の需要が回復するかもしれないということしかない。それについては、そうなるだろうという見方と、消費者は相変わらず福島県産の農畜産物を忌避し続けるだろうという見方とがあり、さらには、基準値改訂によってこれまでの規制値では危なかったのかという認識とともに、政府に対する不信感がむしろ高まり、福島の農畜産物への忌避が強まるだろうという見方がある。どれが正しいかは、今後の現実を見ることによってしかわからないが、それを予測するのに役立つ研究が出てきたので、それを使って予測してみよう。

 選択実験という手法を用いて放射能汚染米を消費者がどう選択するかを推定した研究の結果を、栗山浩一さんが公表している(栗山浩一「放射性物質と食品購買行動」『農業と経済』2012年1月増刊号30-38頁)。それによれば、産地、義援金額、被曝量、検査方法、価格という5つの属性について様々な値をとる米の間の選択で、消費者が、第k番目の属性についてxik(k=1,…,n)という値をもつ第i番目の選択肢を選ぶ確率が
(1)   Pi=EXP[b1xi1+b2xi2+…+bnxin]/{Σj EXP[b1xj1+b2xj2+…+bnxjn]}
になるというモデルを仮定して、インターネット調査で、関東地方の消費者について表1のような係数bk(k=1,…,13)の値が得られたという。

表1 米に関する選択実験の係数bk(k=1,…,13)(関東地方)1)
産地新潟県0.467
秋田県0.106
山形県-0.013
福島県-0.301
茨城県-0.260
義援金売上金1円当たり0.002
被曝量年間マイクロシーベルト当たり-0.016
検査方法店頭で自分で検査-0.128
国や自治体0.103
農協-0.076
スーパーの自主検査-0.086
大学等の研究機関0.186
価格[100円/5kg]当たり-0.045
1)栗山浩一「放射性物質と食品購買行動」『農業と経済』2012年1月増刊号35頁

 被曝量の係数と価格の係数との比が被曝量低減への限界支払意思額になる。すなわち、0.016/0.045×100=35円/μSvである。また、福島県の係数と価格の係数との比が、福島県産でないことへの限界支払意思額となる。すなわち、0.301/0.045×100=670円である。これは、1年食べ続けた場合に1μSvの余分の被曝をする米は、35円/5kg安くないと平均的な消費者は買わないということ、福島県の米は、放射性物質の濃度にかかわらず、670円/5kg安くないと平均的な消費者は買わないということを示している。なお、味はすべて同じと仮定されているとのことである。

 被曝量低減への35円/5kgという支払意思額の意味を考えてみよう。これは1年間食べ続けた場合に1μSvの余分の被曝をするのを避けることへの支払意思額である。1人の1年間の米消費量が60kg程度だから、1年食べ続けた場合に1μSv被曝することを回避するために米5kgに対して35円払ってもよいと思っているということは、年間米消費量に対しては35円/5kg×12=420円払ってもよいということである。すなわち420円/μSv。1μSv被曝による損失余命は4.2×10-4日=1.2×10-6年だから、余命1年当たり支払意思額は420/(1.2×10-6)=3.7億円となる。ちょっと法外な支払意思額だが、それでも以下で見るように、福島県産でないことへの支払意思額は、新基準値による被曝量低減への支払意思額を上回る。

 「米の出荷制限のリスク便益分析」で書いたように、暫定規制値を超える米が出た地域の米だけが廃棄された場合には、白米で平均26Bq/kgの米が廃棄される。それに対して、新基準値を超える米が出た地域の米が廃棄されると、白米で平均16Bq/kgの米が廃棄される。これによって「検出せず」の米ばかりを食べることになるとすれば(実際は100Bq/kg以下の米も食べるから、削減量過大評価)、「検出せず」は玄米で25Bq/kgという前提でこれまで計算してきたから、それと整合的にすれば、白米で平均11Bq/kgの米を食べることになり、新基準値による削減濃度は5Bq/kgである。年間60kgの米からは300Bqの摂取を減らすことになり、被曝量では4.8μSvの削減。これへの米5kg当たりの支払意思額は35×4.8=170円。

 だから、100〜500Bq/kgの米が出た地域の米をもっぱら消費していた消費者の場合でも、今回の規制強化への支払意思額は170円/5kgであるのに対して、同じリスクでも福島県産でない米を食べることへの支払意思額は670円/5kgである。

 購入確率が上の(1)式で与えられるから、規制強化による購入確率の増加も計算できる。他の条件がすべて同じで、福島県産の米だけ他の県よりも年間被曝量が4.8μSv高い状態(これが規制強化前の状態としよう―実際は福島県産と他県産との差はもっと小さいだろうが―)では、上の表の5県の米が選択できるとき、福島県産米を買う人の割合は13.3%である。規制強化によって福島県産米からの被曝量が他県と同じになったとしても、福島県産米の購入確率は14.2%にしか上がらない。このとき、山形県産19.1%、秋田県産21.6%、新潟県産31.0%である。福島県産米が山形県産米と同じ購入確率になるためには、価格が640円/5kg下がらなければならない(このとき購入確率18.1%)。また、秋田県産と同じ購入確率になるためには、価格が900円/5kg下がらなければならない(このとき購入確率19.9%)。

 この結果からは、規制強化したことの効果は、福島県産であること自体を避けたいという心理の効果に圧倒されることがわかる。これはあくまで1つのモデルによる予測である。現実はどうだろうか。

(追記 2012.4.13)

 栗山浩一さんから、『農業と経済』2012.1の論文で紹介された調査以降に2度(2011年10月と2012年2月)の追加調査を行い、その結果を2012年3月の日本農業経済学会で発表したとの情報をいただいた。それによれば、産地と被曝量と価格の係数は表2のように変化したということである。

表2 米に関する選択実験の係数bk(関東地方)1)
2011年6月2011年10月2012年2月
産地新潟県0.46730.27750.3607
秋田県0.10640.0567-0.0291
山形県-0.01320.14090.1375
福島県-0.3009-0.2257-0.1979
被曝量年間マイクロシーベルト当たり-0.016-0.0015-0.0006
価格[100円/5kg]当たり-0.0452-0.032-0.0486
1)栗山・伊藤・佐藤・吉田「放射性物質と食品選択行動―選択実験による分析―」日本農業経済学会2012年度大会特別セッション「食品を介した放射性物質の健康影響を市民/消費者はどう受け止めたか」から。他の属性の係数はここでは省略。

 これによれば、福島県産でないことへの支払意思額は、670円→710円→410円とあまり変化していないが、被曝量1μSv削減への支払意思額は35円→4.7円→1.2円と大幅に低下した(2月の被曝量の係数はもはや有意でない)。規制強化への支払意思額も、2月の結果ではわずか5.9円/5kgに下がった。規制強化による被曝量低減の消費者行動に与える効果が、福島県産であること自体の効果によって圧倒されるという傾向は強まったようである。

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