はじめに
1989年の高齢者保健福祉推進十ヵ年戦略(ゴールドプラン)策定以降、政策主体主導で推進されてきた社会福祉サービスの市場化、商品化という福祉改革の流れの中で、在宅介護支援センター(以下、支援センター)は、約10年間の地域実践の場で住民一人一人の人権を保障するために、小地域でのアウトリーチ活動を中心とした公的総合相談機関として、その固有の役割と機能を開発・発展させてきた。特にその相談援助機能は、人権保障を目的とした地域生活主体への総合的・側面的・協働的支援を実践する上でもっとも重要な役割を担ってきた。また、支援センターの相談事業は、日本で歴史的・文化的に定着してこなかった対話を基本とした「相談」を社会福祉政策として保障する画期的な施策であり、この対話的実践が「相談」の文化を地域社会全体において定着・発展させる可能性さえ持っていると思われた[1]。
しかし、2000年の介護保険制度導入という大きな政策変更は、その役割と機能に3つの大きな変化をもたらした。第1の変化は、支援センターの相談援助機能の縮小化である。支援センターは、大幅な人件費削減に伴う事業費補助方式導入によって、公的総合相談機能を弱体化させ、介護保険制度上に限定されたサービス調整が中心である居宅介護支援事業機関としてケアプラン作成機能を一層強めている。第2の変化は、相談援助の対象の限定化である。居宅介護支援業務の増大により、相談援助の対象が「地域で生活するすべての高齢者」から「介護保険制度において要支援・要介護であると認定された高齢者」に集中する状況になっている。第3の変化は、地域生活支援機関としての役割の縮小化である。社会福祉政策における支援センターの目的が生活主体の自己決定を支援するための相談援助を中心とした「地域生活の権利保障」から専門家によるニーズ把握を中心とした「介護保険サービス調整」へ移行しつつある。
このように、政策変更が地域実践への大きな影響と変化を与え、支援センターはこれまで区市町村より委託を受け、小地域での公的総合相談、アウトリーチによる地域把握、相談協力員を中心とした地域ネットワーク形成といった本来果たすべき地域生活権保障のための総合相談機関という固有の役割と機能を見失う可能性も出てきている。
本稿では、まず支援センターを取り巻く政策動向・背景をまとめ、特に基本的機能である相談援助機能の変化、相談対象の変化を中心に論じたい。次に介護保険制度成立前後の各地での実態調査を含んだ支援センターに関する先行研究・調査結果を参考に、共通する政策課題・実践課題の分析を通して支援センターの固有の役割と機能について論じたい。最後に、地域生活権保障のための人権を基盤としたソーシャルワークアプローチにおける支援センターの「相談」機能の重要性についての試論を提示したい。
I 在宅介護支援センターの政策動向〜相談援助機能の変化〜 (表T参照)
表T 介護保険制度施行前後の政策動向
1990年(H2) |
◆支援センターが各中学校区域に全国で1万ヶ所の整備目標でスタート。各センターに保健・医療職と福祉職の2名を運営費補助方式で市町村の委託により配置。 |
1992年(H4) |
◆在宅介護支援センター実態調査 有効回答273(全社協) |
1993年(H5) |
◆在宅介護支援センター実態調査 有効回答576(全国支援センター協議会・全社協) |
1994年(H6) |
◆老人福祉法改正で「老人介護支援センター」として老人福祉施設として位置付け。 |
1994年(H6) |
◆在宅介護支援センター実態調査 有効回答744(全国支援センター協議会・全社協) |
1996年(H8) |
◆介護保険制度におけるケアマネジメント機関として構想(高齢社会対策大綱) |
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◆在宅介護支援センター実態調査 有効回答1570(全国支援センター協議会) 相談協力員設置率71%、78.5%が民生・児童委員と兼務 ◆支援センター機能のあり方委員会報告(全社協) @相談援助機能、A地域把握機能、Bネットワーク形成機能、Cサービス提供機能 |
1997年(H9) |
◆介護保険制度における予防(保健サービス、独居老人見守り、住民活動組織化)活動機関および総合的保健福祉施策の中心として期待(厚生省) ◆在宅介護支援センターの機能強化と再構築をすすめるために−介護保険制度導入を展望して−(支援センター機能強化検討委員会報告) 2名の職員体制では地域に潜在している高齢者の状況把握は困難/相談協力員との連携強化/地域住民、町内会、自治会、ボランティア等との連携および情報の共有化が必要/65歳以上、以下の者に対する予防活動の検討/1名による地域型支援センターの容認 |
1998年(H10) |
◆標準型に加えて基幹型、単独型支援センター設置。民間事業者への委託認可。事業費補助方式を導入。 |
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◆支援センターの地域人的資源とのネットワークの重要性、住民組織化の中心的役割、地域福祉計画上の総合生活相談機能を確認(基礎構造改革中間まとめについての意見交換会) |
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◆在宅高齢者保健福祉推進支援事業 |
1999年(H11) |
◆ゴールドプラン21 介護予防の推進、基幹型を中心とした地域ケア体制の構築 |
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◆在宅介護支援センター実態調査有効回答835 8道県のみ(全国支援センター協議会) 3か月の相談実績調査を含む ◆支援センター設置実績(全国6648か所)目標は10,000か所 |
2000年(H12) |
◆大蔵省からの支援センター不要論 |
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◆支援センター21宣言―倫理行動基準―公的人権擁護機関、公的地域生活支援機関、地域福祉活動機関としての役割と機能をアピール(全国支援センター協議会) |
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◆在宅介護支援センター運営検討特別委員会報告「これからの在宅介護支援センターの機能と役割について」 将来にわたる地域ケアにおける支援センターの重要性を確認 |
介護保険制度施行後の政策 |
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◆介護保険制度スタート 基幹型―運営費1451.2万円、地域型―大幅削減され、276.7万円 運営費削減され、支援センター職員とケアマネージャーの兼務認める 実態把握加算@2700円、選択事業として介護サービス適性実施指導事業(福祉用具展示・紹介等)、介護予防・生活支援事業 |
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支援センター実施要綱改正:支援センター対象者に「要援護老人」に加え、「要援護となるおそれのある高齢者又はその家族」を位置付ける |
2001年(H13) |
◆基幹型―運営費1498.5万円、地域型―運営費289万円 実態把握加算に加えて、介護予防プラン作成加算@2000円、住宅改修、福祉用具購入意見書作成加算@2000円、痴呆相談事業加算@30000円 その他介護予防教室事業、サービスマップ作成、ボランティアによる地域介護支援事業など |
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◆介護予防・生活支援事業実施要綱:各市町村保健センターと基幹型支援センターと機能的に一体化。居宅介護支援事業者も参画する地域ケア会議を開催。 |
支援センターは1989年12月に提出された高齢者保健福祉推進十ヵ年戦略(ゴールドプラン)の策定によって、在宅で生活する高齢者やその家族等からの介護に関する相談に応じ、多様なニーズに対応した各種保健福祉サービスが総合的に受けられるよう、地域の保健・医療・福祉サービス実施機関との連絡調整などを行うことを目的として創設された[2]。さらに支援センターは、中学校区域という身近なところで福祉・介護職及び保健・看護職といった専門家による24時間体制の介護相談・指導を受けられるように1999年までに10,000か所を目標に整備される予定であった。
ゴールドプラン策定前、1989年7〜12月に厚生省に設置された「介護対策検討会」において、行政の手続き等を簡素化して利用しやすいサービス供給をめざすとともに在宅サービスの拠点と利用者とを的確につなぐ機能を果たすための機関として在宅介護支援センター創設構想が出された。ゴールドプランは、1990年からスタート予定の消費税に対する国民感情に対応して早急に作成された経緯はあるが、1988年の社会保障・グループ21が作成した「21世紀の社会保障を展望する」において、既に介護保険制度を想定した高齢者介護に関する保健・医療・福祉サービス提供のコーディネート機関の必要性について指摘されていた。[3]つまり、創設期において既に在宅サービス三本柱(ホームヘルプ、デイサービス、ショートステイ)をサービスの中心とした介護保険制度をスムーズに整備するための機関として支援センターが想定されていた。
運営実施要綱においても、「在宅の寝たきり老人等の介護者に対し、在宅介護に関する総合的な相談に応じる」および「ニーズに対応した各種の保健・福祉サービスが総合的に受けられるように市町村等関係行政機関、サービス実施機関等との連絡調整等の便宜を供与する」と記述されていた。あくまでも「寝たきり老人等の介護者」というある一定の要援護者に対する相談として対象を限定し、その範囲内でサービスコーディネート機関と想定されていたことが分かる。将来の介護保険制度導入に向けたマネジメント機関の整備が目的として含まれ、地域住民全体への総合的な相談援助機能を保障するための機関という位置付けであったとは言いがたい。
その後、支援センターは全国で確実に設置数が増加し、1994年6月の老人福祉法改正では、「老人介護支援センター」の名称で、老人福祉施設の一つとして法的根拠をもつこととなった。この中では相談の対象が「居宅において介護を受ける老人又はその者を現に養護する者」と若干の広がりをみせ、相談機能が「調整(コーディネート)」を含んだ「援助(サポート)」[4]に拡大化したと思われる。同年、支援センター運営事業実施要綱が改定され、同様の位置付け変化の傾向が見られた。
法的位置付けが変化する一方で、1992年に設立した全国支援センター協議会は、1991(実施:全社協),92,94年に全国の支援センター実態調査を実施し、支援センターの地域での相談援助活動の実情を明らかにし、社会状況の変化に対応しながら支援センター本来の役割と機能を模索してきた。この期間、創設時のサービス調整機関としての役割と機能は、24時間いつでも誰でも相談できるだけでなく、どのような種類、内容の相談にも対応するという総合性を持つ唯一の公的総合相談窓口として機能が拡大化した。さらに、支援センタースタッフは、中学校区域という小地域で要援護者やその家族に関する状況を常時調査し把握すること、相談協力員との連携・協力に加えて近隣のボランティア等を含めた小地域ネットワークの形成を図る地域福祉機能持った社会資源としての重要性を認識し始めたといえる。
1996年の全社協「支援センター機能のあり方検討委員会報告書」においては、支援センターの機能を@相談援助機能、A地域把握機能、Bネットワーク形成機能、Cサービス提供機能の4つに分類し、地域で唯一のケアマネジメント機関として中心的な役割と機能を果たしていくことを確認する一方で、これらの役割と機能を果たすためには2名の職員体制でも不十分であることを指摘した。
支援センターの全国的な展開と機能の拡大の実態が進む一方で、厚生省(現厚生労働省)は介護保険制度構想において、支援センターを予防活動機関および総合的保健福祉施策の中心として期待していた。しかし、現実には介護保険制度上のケアプラン作成機関としての業務を中心に他の居宅介護支援事業所と競争しながら事業展開をしなければならないような予算体制に変更され、支援センタースタッフの業務体制に対する認識とはかけ離れた政策に向かっていった。
2000年4月の介護保険制度導入に伴い、支援センターは原則として各市町村に1ヶ所の「基幹型支援センター」および各中学校区域に1ヶ所の「地域型支援センター」として新しい設置方式に変更された。これまで各支援センターには医療・保健職および福祉・介護職の2名を配置基準としていたが、地域型支援センターにおいては1名分に満たない運営費に削減され、その他の経費に関しては、実態把握加算や介護保険制度上の居宅介護支援事業に対して事業費補助されることになった。この政策変更によって支援センターは、介護保険において限定された対象者のニーズアセスメントとサービス調整を行う居宅支援事業機関としての役割を一層強めている。高齢者の地域生活権を保障するために、担当地域での公的総合相談とアウトリーチによる実態把握及び相談協力員を中心とした地域ネットワーク形成といったこれまで支援センターが実践の中で作り上げてきた本来果たすべき固有の役割と機能が曖昧になっていく可能性がある。
地域型支援センタ―10000か所の目標には達していないが、(1999年末全国6648か所)ゴールドプラン21において予算措置は講じている。支援センターの設置数が増加する一方で、介護保険制度施行に伴う政策動向の変化によりその役割と機能は大きく揺れ動いている。そして、介護保険制度がスタートするにあたって、対象とする高齢者の限定性の問題、ケアマネージャーの要援護者への専門的相談援助と母団体サービスの利用者確保という2面性の問題[5]等を解決するために支援センターの地域における予防機能の重要性は早くから指摘されてきた。
厚生労働省は、地域型センターにおける介護予防機能の充実のために介護保険対象者以外の要援護となるおそれのある高齢者又はその家族のための「介護予防・生活支援事業」(平成12年度)、「介護予防プラン作成事業」(平成13年度)を開始しているが、これらの事業が支援センターの地域における予防機能、特に第1次的発生予防の活性化につながっているかどうか実情を検討する必要がある。
U 先行研究の概要
創設から12年が経過した支援センター事業は、上記で既に述べたように地域の総合相談援助機関として全国的に展開され、高齢者地域ケアにおいて中心的な役割と機能を発展させてきた。相談協力員制度においても地域住民と支援センターのネットワークを形成する重要な人的資源として全国的に設置が推進されてきた。
2000年の介護保険制度施行後、支援センターの介護保険制度対象外の高齢者に対する総合相談援助機関としての役割はますます大きくなってきている。介護保険制度において「申請していない人」及び「申請後自立と判定された人」を合わせると高齢者全体の約9割になる。居宅介護支援事業を中心とした支援システムは、その9割の高齢者とつながりを持ち、日常的に総合的な支援できる状況にない。つまり、この制度は高齢者全体の約1割のみを対象とし、サービスもあらかじめ決められた内容に限定されているため、高齢者一人一人の地域生活を総合的に支援することを前提としたシステムではないのである。
1999年に実施された介護保険制度以前の相談業務における介護保険給付対象とそれ以外に該当する相談内容とその割合についての調査結果[6]をみると、介護保険給付対象外の利用者に対する業務の割合が全体の相談業務の中で少なくとも3割、多ければ5割の比率を占めることが明らかになっている。しかし、現在の支援センター運営に係る予算は、支援センターの業務の多くが介護保険給付対象になるだろうという厚生省の想定のもとに大幅に削減された。この制度・政策的問題は、現場職員の努力だけでは現実的に対応が困難であるといえよう。
その他、介護保険制度施行後の政策変更による支援センターの役割と機能への影響については様々な問題が指摘されている。第一に、介護保険制度上の支援センターは、居宅介護支援事業におけるケアプラン作成機能に業務が集中することで、これまでの業務で中心的な総合相談援助機能を果たすことが困難になることが予想されてきた。労働科学研究所が1998〜1999年に行った「在宅介護支援センターの地域ネットワークの形成等に関する調査」[7]は、支援センターの「地域把握機能」を前提とした「地域内の保健、医療、福祉のネットワーク、地域住民のネットワーク形成」の実態の解明と今後の在り方について検討を目的として、全国支援センターの50%に対するアンケート調査及び15支援センターの典型事例のケーススタディ調査を実施した。調査結果では、支援センター職員の約60%が介護保険給付外の相談やサービス提供まで対応したいと答えているが、約25%が対応したいが居宅介護支援業務等を考慮すると現実には難しいと答えている。また、担当区域内の要援護老人等の実態把握において、独自の訪問活動があるのは約33%のみ、高齢者台帳を整備しているのは43%、情報をデータベース化したのは20%以下であった。常勤2人体制においてでさえ、約50%の職員が高齢者の実態把握に困難を感じていた。報告書は、支援センターがケアマネジメント機関として特化するのではなく、公平・中立的な第一線の総合相談援助機関としての存在意義を重視すべきであり、住民参加(民生委員、老人クラブ、相談協力員等)による地域ネットワークの形成を提言している。
藤原氏は、1997年、2000年に兵庫県内にてアンケート郵送による支援センター実態調査[8]を実施し、介護保険制度導入後、居宅介護支援事業業務の集中による支援センター本来の機能(保険給付対象外のサービス等)の縮小化の弊害が起こっていると論じている。1997年と2000年との職員意識の変化では「本来の機能よりもケアプラン作成機能に傾注する傾向にある。」「業務増加で人員が足りない。」「一つのケースに深く関わる時間がない。」「保険給付対象外のサービスが手薄になる」という結果がでている。
早くから支援センターのケアマネジメントの方法、組織要因について研究してきた副田氏[9]は、介護保険制度施行直前の支援センターの展開状況把握を目的として、1999年に支援センタースタッフへの訪問聞き取り調査(東京都25ヵ所、近県都市1か所)を実施している。調査結果は、エリア限定なしにケアマネジメントを行う居宅介護支援事業者としての支援センターの問題点を指摘し、十分なモニタリングおよび再アセスメントのためにエリア限定は必要であり、支援センターとして期待される予防的生活支援や総合相談機能を果たすためにも重要であると論じている。上記で述べた労働科学研究所の調査結果においても、エリアを限定し、複数の支援センター間における活動区域の協定を実施している場合、勤務体制は週休2日が多くなる一方で、相談件数は増加している。つまり、エリア限定が相談活動の効率的な展開に影響しているのである。
副田氏は加えて、介護保険制度では要介護度に応じて利用可能なサービスとその上限を設定した上で利用者選択を強調しているが、ケアマネージャーとしての支援センター職員は事業者間の競争により、利用者・家族の意向や要望のままにケアプランを作成する「要望志向型サービス」のプラン作成を行う傾向にあることを指摘している。このことは、ケアマネージャーとしての支援センター職員は、高齢者のニーズのとおりに対応するだけのマネジメント志向の相談援助を行う傾向にあり、本来支援センターが持っていた高齢者一人一人の自己決定を支援し、地域生活の権利を保障するための総合的な相談援助機能を果たすことが制度上困難になっていることを表している。
次に、介護保険制度上の支援センターは上記に論じた公的総合相談援助機関としての役割と機能の縮小化に伴い、介護保険制度対象外の高齢者を含めた地域全体における地域把握機能、ネットワーク形成機能においても実践がより一層難しくなることが指摘されている[10]。これまでの施策としては相談協力員を中心とした地域福祉活動を通して地域把握及び地域ネットワーク形成をすることが期待されていたが、その整備率が上がらなかったことも要因となり、実際の相談協力員活動の状況やその効果について未整理であったともいえる。
根本氏を中心とする研究グループは、「社会的孤立状態にある要介護独居高齢者へのソーシャルワーク実践に関する研究」[11]として、特に支援センターのアウトリーチ実践について訪問聞き取り調査(8か所)を実施した。この研究ではアウトリーチを1)ニーズの掘り起こし、2)情報提供、3)サービス提供、4)地域づくりに分類し、調査結果では効果が出るまでに相当の時間が必要ではあるが、地域づくりや多機関連携により住民や民生委員とのつながりが深まったことを示している。
支援センターのアウトリーチの問題点として、まずニーズの掘り起こしに相談協力員制度のみが対応しており、特に精神障害、痴呆性高齢者、社会的孤立状態にある高齢者などは特別な介入の技術なしに訪問するだけで信頼関係を築くのは困難であると論じ、中学校区域という高齢者や家族に最も身近な範囲で公的に人件費が保証された専門職としてのソーシャルワーカーによるアウトリーチが地域ケア全体においてたいへん重要であることを指摘している。さらに、地域組織化の重要性が認められる一方で、支援センターは社会福祉機関としての歴史が浅く、人員も不足しており、実践における状況は厳しいと報告している。根本氏らは、アウトリーチとしての訪問について言及しているが、専門家がニーズを把握し、サービスにつなげることを中心においており、権利としての側面的・協働的総合相談の重要性については論じていない。
藤松氏は[12]1都市での職員等への訪問聞き取り調査を通して、地域総合ケアシステム構築における支援センターの役割と機能、特にニーズ把握機能を相談協力員という一般住民に委ねてしまうことの問題性を指摘している。介護保険制度上においてこれまで以上に高齢者のプライバシーの保護が必要であり、従来どおり地域住民相互の信頼関係の構築には力を注ぐべきであるが、ニーズ把握に際しては市町村の責任において専門のスタッフを増設し、相談援助機能の拡充をはかることの方が有効であると論じている。また、相談協力員制度の形骸化についても指摘し、協力員を設置しただけではニーズ把握に結びつかず、むしろ併設機関へのボランティア活動に参加している市民などから情報提供されることがあり、日常的な地域住民との交流が情報ルートを開拓していく確実な方法だと論じている。
しかし、実際に支援センターの相談経路に関する調査結果[13]をみると相談協力員からの相談、照会は5%に満たないが、60%を超える家族又は本人からの相談に相談協力員活動の影響がどれほどあるのかについてこの結果からは把握することはできない。支援センターの存在やその相談事業の重要な役割を協力員から知ることによる高齢者および地域全体への予防の効果の度合いにおいても同様である。この点については、相談協力員活動の実態と地域の高齢者との関係について調査する必要があるだろう。
上記に論じてきた先行研究は、介護保険制度上の支援センターの人件費削減とケアマネ業務と本来の相談援助業務の二面性の現状と問題点を指摘し、支援センターの役割と機能における公的総合相談援助機能及び地域把握・地域ネットワーク形成が重要であることを表している。しかし、地域生活権保障を目的とした地域生活支援体制における支援センターの役割と機能及び地域福祉における予防機能に関する方向性が十分に示されていない。2001年度からは介護予防プラン事業がスタートしたが、実施するかどうかは市町村の選択に任されており、たとえ実施したとしてもあくまでも介護保険制度対象外の在宅福祉サービスを補足的に支援するという役割を持っているにすぎない。現在の支援センターに関わる政府の政策は、相談援助機能を中心とした公的総合地域生活支援機関としての支援センター本来の機能を弱体化させ、発生予防まで含めた地域における予防を小地域において推進する可能性を引き下げているともいえるだろう。
V 地域生活権保障における支援センターの「相談」機能の重要性と今後の課題
地域生活権保障における支援センターのもっとも重要な機能は、‘相談援助機能’である。特に、支援センターはわが国の高齢者福祉サービス機関において唯一、小地域単位のアウトリーチ型公的総合相談窓口として中心的な役割と機能を担ってきた。
このような状況において、介護保険制度の登場による政策変更は、地域生活の権利保障を目的とした高齢者自身による生活ニーズ把握及び生活全体の自己決定プロセスへの‘総合的・側面的・協働的支援’の可能性を弱め、介護保険制度において限定された利用者への専門家によるニーズアセスメントとサービス調整への‘限定的・先導的・指導的支援’へとセンターの役割と機能を変化させ、多くの高齢者にとっての地域生活の権利が侵害されつつある。支援センター固有の相談援助機能の充実どころか、ますます曖昧な形として相談援助機能が位置付けられているのである。
介護保険制度において高齢者福祉サービス量・コーディネート量が増大したのは事実である。しかし、サービス内容は全国的にあらかじめ種類が限定され、対象者であるかどうかさえ要介護認定といった専門職側からのニーズアセスメントにおいて決められている。つまり、現制度は、利用者のニーズに合わせてと提唱しながらも、必ずしも高齢者一人一人の人権を積極的に保障することを前提として高齢者自身の判断によるニーズ把握に対応するサービスを提供し、地域生活支援をしているとは限らないのである。
ジム・アイフ氏は、ソーシャルワークにおけるニーズを基盤とした実践の問題性を指摘し、人間の相互作用および共通なる人間性(a common humanity)についての継続的対話により構成される「人権」を基盤とした実践へ変化させることの重要性を論じている。日本のみならず西欧諸国におけるソーシャルワーカーの多くが、個人、家族、グループ、コミュニティ、機関、サービス供給システム、社会全体のニーズアセスメントを行い、ニーズを客観的に定義化、測定化されるべき現象としてみなしている状況に警告を促している。そのような状況では、側面的・協働的に支援するはずの専門家が地域生活者自身によるニーズ定義のプロセスを妨げ、人々を逆に無力化する可能性を持っているのである。ソーシャルワーカーおよびその他の対人援助職者はこのプロフェッショナリズムの危険性を常に意識しながら地域において継続的対話としての相談を実践する必要がある[15]。ソーシャルワークの専門性は、対象者(及びその関係者)がニーズを自分(たち)自身で決定していくプロセスを支援・調整することであり、その決定プロセスはソーシャルワーカーとその対象者との継続的対話を基本としたパートナーシップの実践としてみなされることが重要である。
また、人権を基盤としたソーシャルワークにおける「相談」は、する・されるといった上下関係を持つニーズアセスメントのための「面接」ではなく、参加的民主主義を基本とした平等なる他者同士の意見交換・共有による発展的対話である。さらに、「相談」という対話によるコミュニケーションと相互理解のみならず、そこには必ず実践としての人権の保障・実現が必要である。ソーシャルワークは対話的実践である[16]。加えて、支援センターの「相談」機能は、人権の特性である普遍性(だれもが利用・参加することができる)および不可分性(地域生活ニーズを分断・限定することはできない)を持つものであり、まさに対話的実践を中心とした人権基盤のソーシャルワークアプローチを実現する可能性を持っているのである。現行の制度上の問題を解決するためにも、支援センターは、高齢者の地域生活権保障を目的とし、生活全体(家族、介護者を含めて)の自己決定のプロセスを支える総合的な相談援助機能を中心とした人権基盤のソーシャルワークアプローチを実践する社会福祉機関として中心的役割を担っていく必要がある。
2.地域における予防につながる「相談」機能
2001年から介護保険制度上の自立と判定された高齢者への介護予防・生活支援の体制づくりの一環として、各市町村に「地域ケア会議」が設置されることとなった。地域型支援センターを統括する基幹型支援センターが中心となって、市町村単位で保健・医療・福祉サービスの調整及び関係機関への指導を担うことになっている。
しかし、予防という一般住民を含めた広範囲な対象者への支援体制作りをたった2名の基幹型センター職員によって実践することは容易でない。ましてや地域型センターにおける地域把握機能、ネットワーク形成機能が十分に発揮されなければその支援体制づくりはさらに難しくなる。逆にいえば、地域における予防こそ地域福祉の視点から中学校区域という地域型センターの範囲において行うべき業務であろう。地域における予防、特に発生予防という観点においてみると、近年の支援センター運営費削減および介護保険制度上の居宅介護支援機関としての業務増は、効果的な施策とは言い難い。一方、政府は介護予防事業として介護予防プラン作成事業等をスタートさせているが、現在の職員体制における介護予防プラン作成事業が地域における生活困難の発生予防を目的とした1次予防を行うことにつながるか検討する必要がある。
地域には介護保険を申請していない高齢者、申請後自立と判定された人が高齢者の約9割を占めている。その9割の高齢者の中には、要支援、要介護状態にありながら何らかの事情で申請していない高齢者、介護保険自体を知らない高齢者、自立と判定されたが介護保険制度上のサービスでは当てはまらない生活困難、生活不安を抱えた高齢者が少なからず存在する。一人暮し、二人暮し等で社会的に孤立しやすい生活状況にあれば、社会的に認知されない間に困難や問題がさらに大きくなる危険性を持っている[17]。一方で、地域で生活する高齢者にとって、日々の暮らしにおける対話的「相談」が存在しなければ、自分自身の生活困難・課題の対してどのような解決策があるのかについて主体的に定義化する機会も失いかねない。対話的「相談」は、介護保険制度やその他の社会福祉サービスを利用しているかどうかに関係なく、すべての高齢者が所有している地域生活における権利なのである。
現状のシステムは、介護保険制度上の要支援、要介護状態と認定された約1割の高齢者のみに対するニーズ査定を行い、サービスを提供している。つまり、既になんらかのサービスを利用している又は現行の制度上の範囲内で対応可能な高齢者を対象とした第2次、第3次予防の効果しか得られない可能性が高い。対象者を限定しない公的総合相談である支援センターの「相談」機能は、専門職と高齢者一人一人との対話を基本とした相談への主体的参加を進め、このような主体的なニーズ把握は、高齢者一人一人の「相談」に対する権利意識を向上させ、深刻な生活困難等の第1次発生予防につながる可能性を持っている。さらに、対話的「相談」の実践は、高齢者個人・家族のみならず、コミュニティ全体の対話力を高め、第1次発生予防の実現にもっとも重要な地域福祉を向上させる鍵となるだろう。
本稿では、介護保険制度導入前後で揺れ動く支援センターの役割と機能についての政策動向の検討し、その政策課題・実践課題の現状分析を試みた。そして、支援センターの相談援助機能は、地域生活権保障の実践において重要な役割と機能を担うと同時に、地域における予防機能を促進する大きな可能性を持っていることを論じた。
今後の課題としては、あらためてこれまでの支援センターの相談援助活動および予防につながる地域生活支援の施策の意義を検討するために、地域における専門職の相談実践、相談協力員等の地域把握・ネットワーク形成といった活動実態の検証を含めて、より多面的な視点から地域ケア全体における支援センターの役割と機能の実態把握および分析が重要な課題として浮かび上がった。そして、さらに今後、ソーシャルワークとしての「相談」が地域の高齢者一人一人の権利としてどのように認知・理解されているか、また対話的実践としての「相談」がコミュニティ全体へのエンパワメントにどのように影響しているかを確認することが必要である。
[1] 日本社会における対話文化については、中島義道(1997)『<対話>のない社会』PHP新書に詳しい。
[2] 全国社会福祉協議会(1997)「在宅介護支援センター事業運営の方法」全国社会福祉協議会
[3] 横山寿一(1989)「新たな局面を迎えた社会保障再編」『シリーズ・1億人の老後の老後保障最新情報資料集7』2-4、11-23 横山氏によれば、社会保障・グループ21(1988)「21世紀の社会保障を展望する―制度改革の理念と方向」は88年1月に出された厚生省若手有志で構成する「厚生省政策ビジョン研究会からの提言がたたき台になっている。
[4] 老人福祉法第20条の7の2
[5] 介護保険制度におけるケアマネージャーの二面性の問題については、吉本光一(1999)「介護保険制度における最適給付と最低給付―最低給付への後退に対する歯止めとしての行政課題―」『地域公共政策学会第1回研究大会介護保険制度分科会報告』に詳しい。
[6] 全国在宅介護支援センター協議会(2000)『平成11年度在宅介護支援センター相談業務状況調査報告書』全国在宅介護支援センター協議会
[7]労働科学研究所(1999)「在宅介護支援センターの地域ネットワークの形成等に関する調査 研究報告書」3,176.
[8]藤原苗(2000)「在宅介護支援センターのケアマネジメント実践―介護保険の影響による変化と課題―」『関西学院大学社会学部紀要』88,47-57.
[9]副田あけみ(2000)「介護保険実施直前の在宅介護支援センター―ケアマネジメントと協働の実態―」『人文学報』16,87-152
[10] 原田重樹「介護保険導入後の在宅介護支援センターの機能について〜ソーシャルワーカーの役割を中心に〜」日本社会福祉学会2000年第48回全国大会高齢者保健福祉分科会報告において、愛知、三重、岐阜県での調査によると支援センターのケアマネージャー兼任スタッフは介護保険上のケアマネジメント業務が最優先になり、本来の相談援助、地域活動機能が低下していると指摘している。
[11]根本博司等(1999)「社会的孤立状態にある要介護独居高齢者へのソーシャルワーク実践に関する研究」『研究助成論文集(安田生命社会事業団)』34,152-161.
[12]藤松素子(2000)「地域生活形成支援システムの現状と課題―在宅介護支援センターの役割を中心に―」『佛教大学社会学部論集』33,91-108.
[13] 前掲6の実態調査では、相談経路は、本人や家族から69.1%、関係機関からの連絡21.5%、相談協力員から3.1%であった。1995年に青森県内で行われた実態調査において、相談経路は、本人や家族から55.3%、関係機関からの連絡33.5%、相談協力員から3.7%であった。大和田猛(2000)「高齢者ソーシャルワークの媒介機能としての相談面接」『愛知県立大学社会福祉研究』1(2)1-25
[14] 人権基盤のソーシャルワークアプローチについては、Ife,Jim(2001)”Human Rights and Social Work-Towards Rights-Based Practice”Cambridge University Press.に詳しい。
[15] 前掲Ife(2001),20.
[16] 前掲Ife(2001),153.