Z 残された課題と今後の展望 〜研究、実践の両面から〜

 

1.本調査研究の限界と意図

本調査研究は、高齢者の生活権保障を志向する支援センターの「相談」機能の意義や目的に注目し、今後の地域福祉政策・実践の再構築における様々な課題を批判的に検討した。本報告では社会福祉実践のあり方に関するいくつかの試論を提示したが、これらの試論は、調査結果分析の過程で文献研究を基に再構築し、大きく軌道修正を試みている。特に、「相談」「人権」「予防」「主体性」など、多くの社会福祉政策・実践の中心的言説について、調査前段階では詳細な意味付けを避け、一般的な意味付けのまま、アンケート調査や面接調査を実施したという経緯がある。調査前に主な先行研究や政策動向を検討したが、現状の政策者側の枠組みに当てはめた形の研究が多く、より大きな枠組みを構築するだけの材料を揃えることができなかった。どちらかといえば、これまで政策側が中心として実施してきた調査形式に近い形での調査開始となった。そのために、本研究が現代の政策的枠組みに縛られる形で調査を意図していないにしても、回答者は事実上その枠組みの範囲内で答えざるを得なかっただろう。

 その後、実際にはそういった限界を持った調査結果の分析する過程において、調査の枠組み自体が支援センターという限定された政策・実践に縛られていることを気づいた。そのために、再度、文献研究を追加し、支援センターという限定された政策・実践の枠組みを超えて、社会福祉政策・実践の全体的枠組みの中で、先行研究の分析や枠組みの試論を再構成した。本調査結果の分析・考察は、そのような試論の再構成後に取り組み直したものであることをご理解いただきたい。

それでは、上記のような限界を予想できた上で、なぜ今、支援センターの「相談」に注目し、調査することが急務であったか。支援センターの「相談」が社会福祉実践において重要であるというだけでなく、社会福祉政策・実践における「相談」の現在および今後の志向が支援センターの政策動向に特徴的に表れていたからである。1999年といえば、介護保険制度導入直前という、まさに社会福祉政策・実践において大きな転換期であった。様々な社会福祉サービスが事業費補助への移行する流れの中で、厚生労働省は、特に「相談」機能に関わる予算を大幅に削減し、ケアマネジメント事業を中心とした運営を支援センターに求め、大蔵省からは支援センター不要論まで出てきた時期であった。社会福祉学が普遍性を探求、追求してきた「生存権」や「生活権」という言説が変化するどころか、社会的な意味を持ちにくい状況にあることを象徴していた。そのような状況下、まず、仮説を明確に設定すること以上に、早急に事実をなんらかの調査結果として残しておくこと、そして実態を把握することが最重要課題と考えたからである。

 

2.研究と実践の協働関係をめざして

本調査研究で残された課題は、研究、政策、実践といった様々な側面に渡っている。検討が不十分であった課題、新たに浮かび上がってきた課題なども含まれている。しかし、実務者の実践的なレベルにまで困難や困惑が表れている実情を見ると、それらの課題が現場職員の意識や努力だけで容易に解決できるものではないことは分かる。問題の要因の多くは、実践における技術的なレベルのみを検討すれば見えてこない。なぜなら、政策者側の目的が意図する方向が、生活者側の要求する又は必要とする方向とは異なっているからだ。このような傾向は日本の社会福祉政策の歴史においてもたびたび批判されてきた。社会福祉実践の現場にいる専門職者は、そのような厳しい政治的社会的状況の中で、地域住民の生活権を実現するための専門性を実践の中で高めながらも、度重なるトップダウン的政策変更に従うことを強いられてきたと言えるだろう。

本調査結果の検討過程で、そのような実践レベルでの困難性に危機感を訴える多くの専門職者の声を見聞きした。アンケート調査結果からは、支援センターの「相談」機能の重要性やその生活権保障に向けた可能性について、あまり認識していないのではないか、ましてや相談協力員や地域住民にとっては、その機関の存在さえ知らないという現状が全体的傾向として見えた。しかし、個々の現場の専門職者のからは、政策変更によって自分が地域で行ってきた「相談」の実践が継続しにくい状況にあること、地域住民にとって「相談」が利用しにくい、又は「相談」の意義が薄れていく状況にあることが切実に訴えられていた。それらの危機感の中には、支援センターの「相談」が地域住民の暮らしの維持、向上にとって重要であるという認識が含まれているし、まさにそういった認識が社会福祉の専門性が現代社会に存在する、必要たる理由である。ただし、個々の専門職者レベルの意識や想いが強くとも、その実践の困難性や地域住民の不利益がどの程度の範囲で起こっていることなのか、どのようなことを要因に引き起こされていることかについて、専門職者が相互に共有、連携し、現場から地域から創り変える機会が存在しにくい状況にある現実は変わらない。

しかし、社会福祉政策における地方分権化の流れは、そのような状況が変化する分岐点とも言える。なぜなら、これまでのような(事実上)中央集権的な政策決定では、政策側が決定した流れに、対抗しうる社会運動を形成することはそう簡単ではなかった。社会福祉政策をもっとも必要とするマイノリティにとって、「対話」の起こりにくい社会は発言力を持ちにくかった。地方分権の流れは、地方政府にミニ中央集権・官僚化体制[]を作りかねないという懸念はある一方、政策決定プロセスが実践をする専門職や地域住民に近づくことは事実であり、地域福祉政策・実践を再構築するチャンスでもある。

 

3.おわりに

本報告は、支援センターを取り巻く様々な政策的・実践的課題についての認識を促すこと、理解を深めることだけを目的としていない。それ以上に、日々の現場において政策と実践の狭間で痛切に感じる危機感や違和感を個々の困難さで留めることなく、専門職者および地域住民の間で暮らしにおける「相談」の意義や目的について「対話」するきっかけになることを期待している。取り上げた課題の分野は多岐に渡るが、これらが私たち研究者のみで進められる研究テーマではないことは、本調査研究過程でも強く感じてきた。地域福祉の実践現場とのさらなる対話的実践を持って、課題をより具体的実践的にしていく必要がある。同じく社会福祉の目的である生活権保障をめざす研究者として、支援センター実務者、相談協力員、地域住民、社会福祉施設・機関専門職に積極的な研究交流を呼びかけたい。地域住民が「対話」への参加し、共に自分たちの地域福祉政策・実践を専門職との協働で創るための基礎資料となれば幸いである。

 

4.研究成果

 なお、本研究の成果としての研究論文および学会発表を下記に示す。

 

(研究論文)

1.「基幹型在宅介護支援センターにおける予防的機能を求めて」(単著)、生活教育Vol45(9)、pp44-49、2001

2.「在宅介護支援センターの役割と機能における政策・実践課題の批判的検討」(共著)福井の科学者 No.89, pp40-50, 2002

3.「在宅介護支援センターの役割と機能に関する実態調査報告(1)〜地域における生活権保障に関わる「相談」機能の重要性〜」(共著)福井の科学者No.90,pp17-26, 2003

4.「在宅介護支援センターの役割と機能に関する実態調査報告(2)〜地域における予防に向けたコミュニティワーク実践〜(共著)福井の科学者No.91, pp50-62, 2003

 

(学会発表)

1.在宅介護支援センターの予防的地域福祉機能〜地域の社会資源としての機能と役割〜日本社会福祉学会2000年度全国大会2000.11.3

2.「在宅介護支援センターの地域福祉における予防機能」日本社会福祉学会2001年度全国大会2001.10.21.

 

 



[] 舟木紳介(2001「高齢者在宅福祉サービスにおける地方分権と地域民主主義の重要性〜オーストラリア・ニューサウスウェールズ州の2つの地方自治体におけるケーススタディを通して〜」(単著)『オーストラリア研究』13号