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地形に捕捉された内部潮汐波の発生

内部潮汐波の砕波によって生じる鉛直乱流混合は、熱や物質の輸送を通じて、深層海洋大循環のような全球規模の流れをもコントロールする重要な物理過程の一つです。 内部潮汐とは、海面の昇降としては現れない海洋内部の潮汐現象のことです。 対になるのは外部潮汐で、こちらは、海面の昇降として現れ(したがって「潮の満ち引き」として日常的に経験できます)、天文学的な起潮力によって直接的に引き起こされる大洋規模の潮汐現象です。 内部潮汐は、外部潮汐が海山や海嶺、大陸斜面などの海底地形上に乗り上げることで発生します。

したがって、外部潮汐から内部潮汐へのエネルギー変換率の分布(外部潮汐によってどこでどの程度、内部潮汐が発生しているか)を明らかにすることは非常に重要です。 従来、このエネルギー変換率は、順圧潮汐(= 海面から海底まで一様に動く潮汐)から傾圧潮汐(= 海面から海底へ向かうにつれて流向・流速が変化する潮汐)へのエネルギー変換率と同一視して見積もられてきました。 順圧潮汐は鉛直平均、傾圧潮汐はその残りとして簡単に分離できるので、この見積もり方法は実用的に非常に便利です。 全球のほとんどの海域で卓越する半日周潮(半日周期の潮汐)では、「外部潮汐 = 順圧潮汐」「内部潮汐 = 傾圧潮汐」という関係が成り立つので、この見積もり方法はなんら問題ありません。

ところが、中・高緯度の一部の海域で卓越する日周潮(一日周期の潮汐)では、上記の等式が必ずしも成り立ちません。 これは、緯度30˚より高緯度の日周潮では地球の自転が本質的に重要になり、内部潮汐の性質が大きく変わってくるためです。 具体的には、半日周潮(と緯度30˚より低緯度の日周潮)の内部潮汐は海底地形から離れて自由に伝播できるのに対し、緯度30˚より高緯度の日周潮の内部潮汐は海底地形に捕捉されてしまいます(例:クリル海峡)。 そして、この伝播特性の変化に伴って、半日周潮(と緯度30˚より低緯度の日周潮)の内部潮汐が必ず傾圧的な鉛直構造を持つのに対し、緯度30˚より高緯度の日周潮の内部潮汐は、海底地形や密度成層に応じて傾圧的にも順圧的にもなり得るのです。 一例として、適当な大陸棚/大陸斜面上で計算された日周潮内部潮汐の構造を図1に示します。 特に大陸棚から大陸斜面上にかけて、順圧性の強い構造を持っていることがわかります。 この事実は、日周潮については、「外部潮汐から内部潮汐へのエネルギー変換率」と「順圧潮汐から傾圧潮汐へのエネルギー変換率」は一致せず、おそらく後者は前者を過小評価してしまうことを意味しています。

図1: 理想的な大陸棚/斜面に対して計算された日周潮内部潮汐の鉛直断面構造。表示しているのは画面に直交する方向の流速で、この方向に地形は変化しないと仮定している。内部潮汐は画面手前向きに伝播する。第1モード、第2モードともに、水深の浅い場所では順圧性(鉛直一様性)が高い。

そこで私たちは、日周潮について適用可能な新たなエネルギーダイアグラムを提示しました(図2)。 日周潮を特徴づける、順圧的でありながら海面の昇降には現れない「地形性モード」を新たに定義し、従来ひとまとめにされてきた「順圧モード」を、そのうち真に海面の昇降に現れる「外部モード」と「地形性モード」とに分離しました。 ここで、「外部モード - 地形性モード」の分離は、相対渦度の有無に基づいてなされています。 これは、鉛直平均の有無に基づく従来の「順圧モード - 傾圧モード」の分離と同程度に簡単で、対称性も良いものとなっています。 そして、従来の「傾圧モード」に「地形性モード」を加えたものを、新たに「内部モード」と定義し直しました[1]。 この新たなエネルギーダイアグラムに基づいて、各モード間のエネルギー変換率を導出しました(図2右)。

図2: 本研究で提示した新たなエネルギーダイアグラム。日周潮を特徴づける「地形性モード」を、「順圧モード」の一部かつ「内部モード」の一部として新たに定義した。右の式は各モード間のエネルギー変換率を表す。

従来の定式化では、内部潮汐の励起率は「順圧モード」から「傾圧モード」へのエネルギー変換率(図2の青ボックスから右列へ)として見積もられてきました。 これに対して、本研究の新たな定式化では、内部潮汐の励起率は「外部モード」から「内部モード」へのエネルギー変換率(図2の上段から赤ボックスへ)として見積もられます。 数値シミュレーションの結果、亜寒帯海洋の代表的なパラメータに対しては、本研究の新たな定式化は従来の定式化の2倍ほどのエネルギー変換率を与えることがわかりました。 この結果は、日周潮内部潮汐の励起率はこれまで過小評価されている可能性が極めて高く、本研究の定式化を用いて再評価する必要があることを示しています[2]


[1] 外部モードは外部ケルビン波(または外部重力波)に相当し、傾圧モードは内部ケルビン波(または内部重力波)、地形性モードは地形性ロスビー波にそれぞれ相当する。 内部ケルビン波・地形性ロスビー波ともに、海面変位は外部ケルビン波に比べて小さく、また力学的にも重要ではない(例えば rigid-lid 近似下でも両波はほとんど影響を受けずに存在する)。 さらに、subinertial な内部潮汐では、実際には内部ケルビン波と地形性ロスビー波が一体となって図1のような一つのモードを形成する。 このような理由から、本研究では傾圧モードと地形性モードを合わせて内部モードと定義した。

[2] 本研究のような定式化の必要性は、実は博士課程在学中にクリル海峡の内部潮汐を研究している頃から感じていた。 当時はどうアプローチしたら良いか全くわからなかったが、海洋力学全般に対する理解が自分なりに深まり、特に各種波動の特性が数式上だけでなく実感としても整理されてきたことで、15年ほど経ってようやく実現できた。 数年単位のまとまった時間をこの問題に集中できる環境に身を置けたことも非常に幸運だった。


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