深尾グループ
近年の気候変動の影響により、洪水や干ばつなどの環境ストレスによる農業被害が世界中で増加している。深尾研究室では、植物がもつ環境ストレス耐性の制御機構を解明することにより、気候変動に適応した作物の開発を目指している。


研究テーマ
• イネの冠水ストレス耐性を制御する遺伝子の解析
• イネ直播栽培に重要な適応形質の評価と遺伝的解析

研究材料: イネ

Key words: ストレス応答、冠水、湛水、乾燥、分子生物学、遺伝学、生理学、生態学、情報生物科学


研究の詳細
1.イネの冠水ストレス耐性を制御する遺伝子の解析
イネは湿生植物であり、根系が水没した「湛水条件」では旺盛に生育する。しかし、ほとんどのイネは、植物体のすべてが完全に水没する「冠水条件」では傷害を受け、長期の冠水下では死に至る。アジア、南米、アフリカなどの熱帯地域では、「冠水」により毎年1000億円以上の稲作損害が生じており、冠水耐性イネの作出が急務である。 深尾研究室は、冠水ストレス耐性を制御する遺伝子の同定や機能解析の分野で研究成果を上げてきた。深尾准教授は、冠水耐性イネの開発に成功した国際研究チームの主要メンバーであり、本チームが開発した耐性イネは、現在、熱帯アジアを中心に500万件以上の農家で栽培されている。近年の地球温暖化の影響で、熱帯アジアの洪水は長期・高頻度化しており、イネ冠水耐性のさらなる向上が望まれている。新たなイネ品種の開発に向け、深尾研究室では、ストレス耐性に関わる新遺伝子の発見やその利用に関する研究を継続している。

2.イネ直播栽培に重要な適応形質の評価と遺伝的解析
福井県では、省力・低コスト稲作を目的とした直播栽培が推進されており、現在、その栽培面積および普及率は全国一位である。しかし、直播栽培は、移植に比べて10%ほど収量が低い。低収量の主な原因は、播種深度が浅いために起こる倒伏や、播種直後に深水管理ができないことによる雑草との競合である。これらの問題は、深い播種深度でも十分発芽・苗立ちできる品種を用いれば解決できることであるが、日本のイネ品種は移植されることを前提に開発されたものばかりであり、直販栽培に適した高品質・良食味品種は存在しない。一方、米国では、10-15cmの深度まで湛水された水田に種子を直播する栽培法が主流である。一般に、米国品種は、湛水直播でも旺盛な根の発達を示し、倒伏に強い。また、播種直後から深水管理ができるため、除草剤の使用量も低く抑えることができる。深尾研究室では、日米品種の比較分析から、直播栽培に重要な適応形質を同定し、その形質の遺伝解析を行うことにより、当該形質を制御する鍵遺伝子を特定することを目指している。


塩野グループ

私たちのグループでは、気候変動に負けない農業生産を実現するため、唯一無二のイメージング技術と分子遺伝学的手法を駆使して環境ストレス(低酸素ストレス)に対する植物の適応機構の理解を試みています。 塩野グループの酸素センサーによる酸素計測技術と根の形態観察力は世界最高水準の技術力を誇っています。

研究材料:イネ、野生イネ、ヒエ、オオムギ、ブラキポディウム
Key words: 環境ストレス、適応機構、湿害、植物ホルモン、耐湿性、植物栄養、根の酸素通気、アポプラストバリア(カスパリー線、スベリン、リグニン)、低酸素ストレス、通気組織、酸素漏出バリア(ROLバリア、Barrier to Radial Oxygen Loss)、画像解析、カーボンニュートラル、脱炭素化
Key technology: 2次元酸素オプトード、共焦点レーザー顕微鏡、根系画像解析、酸素センサー、質量分析イメージング技術


私たちが目指していること

気候変動の影響により世界的に干ばつと洪水の被害が問題になっています。日本では集中豪雨の増加による降雨量の増加が予想されています。我が国では水田転換畑でのイネ以外の作物を栽培する転作が推し進められ、オオムギ、ダイズ、コムギなど畑作物のほとんどが水田転換畑で栽培されています(8-9割程度)。 しかし、水田土壌は排水性が悪くいため、土壌が湛水して過湿状態になりやすい(図1)。植物の成育には水は不可欠なものですが、過湿状態になった土壌では酸素濃度が低下して根の呼吸が妨げられます。そのため、耐湿性の低い作物は生育阻害をうけます(湿害)。湿害は日本の水田転換畑だけでなく、世界中で問題になっています。

私たちは「耐湿性の低い畑作物も水田転換畑で順調に育てるようにする」ことを目指して研究をしています。しかし、残念ながら畑作物の耐湿性の強化どころか、なぜ耐湿性の高い植物が高い抵抗性を発揮できるのか?すら理解できていません。そこで、私たちは畑作物の耐湿性の向上を目指して、耐湿性の強い植物の適応機構の研究しています。 耐湿性の強い研究対象植物として、もともと水田で生育できるイネ、水田雑草(ヒエ)、イネよりも洪水耐性が高いと考えられる野生イネを選びました。耐性の高い植物がどのように過湿土壌に適応するのか?変動する自然環境に生きる植物のしなやかな適応を理解するため、酸素や分子の局在を可視化できる最先端のイメージング技術と生理学的、分子遺伝学的技術を融合させた研究を進めています。


図1.水田転換畑で湿害をうけるオオムギ
もともとイネを栽培している水田転換畑は土壌の排水性が悪く、長雨などによって水がたまりやすい。水田転換畑で栽培されているオオムギ、コムギ、ダイズのほとんどが湿害を被り、品質低下や生産性が低下してしまう。写真は福井県内の水田転換畑で栽培されているオオムギ。苗立ちができず、土壌がむき出しになっている。1月ごろ。

主な研究テーマ
1. 湿生植物の根の酸素通気制御機構の解明
2. 野生種のもつスーパー耐性遺伝子の探索
3. 二次元酸素オプトードによる非破壊酸素イメージングによる植物の低酸素環境適応の研究
4. 植物ホルモンの量と分布をイメージングする技術開発
5. 畑作物の湿害抵抗性を高めるための新しい栽培技術の開発



角田グループ
研究テーマ
陸上植物と節足動物の関係性について研究しています。特に、その関係性を介在する植物の化学物質のふるまい・役割に着目して研究しています。


研究材料
カブやブロッコリーなどのアブラナ科植物、ホソムギやヘラオオバコなどヨーロッパの半自然草原に生育する草本、コガネムシやハスモンヨトウなどの植食性昆虫、ミミズなどの大型分解者など

Keywords: アブラナ科植物、誘導防御応答、グルコシノレート(からし油配糖体)、コガネムシ上科、植物と植食性昆虫の相互作用、植物と土壌の相互作用、植物の食害応答、バイオマーカーとしての脂肪酸

研究の詳細
1. 陸上植物の化学防御戦術の評価
 植物の成長や生殖などに必須な化合物を合成することを一次代謝といい、光合成に代表されるように、体外から取り入れた無機物・有機物から生命維持に必須な化合物が作り出されています。一方、一次代謝以外の化合物を合成することを二次代謝といい、その植物が環境に適応するために必要な化合物が二次代謝により合成されています。植物はさまざまな化学物質を合成し、さながら化学工場として機能しています。
 アブラナ科植物が作り出す二次代謝産物・グルコシノレート(からし油配糖体)は、マスタードやワサビの風味として、我々の食卓を賑わせてくれる化合物です。このグルコシノレートは、野外では病気や害虫から自身の身を守るために働いています。天敵に襲われても移動して逃げられない植物特有の身を守る術です。だとしたら、グルコシノレートを大量に生合成すれば、病気や害虫に負けない最強の植物になるのですが、そのような植物はこれまでに報告されていません。それはおそらく、一次代謝と二次代謝の間にトレードオフの関係があり、二次代謝産物を多く作ると、その分成長できなくなるという本末転倒なことになってしまうからです。そこで植物は、二次代謝産物の生合成量をほどほどに抑えて、その使い方をうまくやりくりしています。そのやりくりの仕方は、例えば、最適防御分配だったり、誘導防御応答だったりして、その詳細について研究しています。

関連研究
Touw, A.J., Mogena, A.V., Maedicke, A., Sontowski, R., van Dam, N.M. & Tsunoda, T. (2020) Both biosynthesis and transport are involved in glucosinolate accumulation during root-herbivory in Brassica rapa. Frontiers in Plant Science, 10, 1653

Tsunoda, T., Grosser, K. & van Dam, N.M. (2018) Locally and systemically induced glucosinolates follow optimal defence allocation theory upon root herbivory. Functional Ecology, 32, 2127-2137

Tsunoda, T., Krosse, S. & van Dam, N.M. (2017) Root and shoot glucosinolate allocation patterns follow optimal defence allocation theory. Journal of Ecology, 105, 1256-1266


2. 環境保全型農業における生物の役割の評価
 持続可能な開発目標(SDGs)で多くの目標が掲げられたように、気候変動緩和や生物多様性保全に対応することが、さまざまな事業活動に求められる時代になりました。農業活動における慣行的な管理は、炭素排出を促進し生物多様性を減少させるものでした。しかし、その管理手法を改めることにより、農地管理が気候変動緩和や生物多様性保全に寄与し、解決策となる可能性があります。農地の管理は土壌における複雑なプロセス(母岩・気候・土壌生物など複数要因が相互作用する複雑なプロセス)を理解する必要があるので、その土地での研究が求められます。
 植物の二次代謝産物の中には、人間の健康に直接的に作用するものもあります。例えば、グルコシノレートの仲間ではスルフォラファン・グルコシノレートに抗癌作用が見られます。二次代謝産物は、上述の通り病気や害虫への防御手段なため、栽培環境によって濃度や組成が変化します。一般的に、農地の生物量が多いと考えられる有機栽培で、二次代謝産物の濃度は高くなります。つまり、気候変動緩和や生物多様性保全に寄与する農地管理は、人間の健康により良い作物の生産にも貢献できるかもしれず、この可能性・メカニズムについて研究しています。

関連研究
金子信博, 井上浩輔, 南谷幸雄, 三浦季子, 角田智詞, 池田紘士 & 杉山修一 (2018) 有機リンゴ圃場の土壌動物多様性—慣行リンゴ圃場および森林との比較—. Edaphologia, 102, 31-39

Tsunoda, T. & van Dam, N.M. (2017) Root chemical traits and their roles in belowground biotic interactions. Pedobiologia, 65, 58-67


3. 森林の管理手法の違いが炭素貯留と食物網に与える長期的影響の評価
 日本の国土の3分の2は森林に占められています。このため、樹木が森林に炭素を貯留する役割は、国内の炭素収支を理解する上で無視できません。日本の森林が受ける主要な撹乱は台風による風倒で、風倒が生じた森林では、慣例的に倒木が搬出されてきました。しかし、この管理は森林の炭素プールを減少させたり、そこに生息する生物に影響したりしている可能性があります。倒木のような大きな生物遺骸は、長い時間をかけて分解されるので、倒木の搬出の影響を理解するには、長期的影響の検討が必須です。そこで、国内の研究者と共同して、森林の管理手法の違いが、炭素貯留とそこに生息する生物に及ぼす長期的影響を評価しています。特に、1959年の伊勢湾台風で生じた風倒木が操作された亜高山帯をフィールドとして研究しています。

関連研究
Tsunoda, T., Hyodo, F., Sugiura, D., Kaneko, N. & Suzuki, S.N. (2019) How can we quantitatively study insects whose larvae live beneath the forest floor? A case study at an experimental long-term log-removal site in Japan. Entomological Science, 22, 275-282

Suzuki, S.N., Tsunoda, T., Nishimura, N., Morimoto, J. & Suzuki, J.-I. (2019) Dead wood offsets the reduced live wood carbon stock in forests over 50 years after a stand-replacing wind disturbance. Forest Ecology and Management, 432, 94-101